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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年11月02日

世田谷パブリックシアタープロデュース シリーズ「レパートリーの創造」『見よ、飛行機の高く飛べるを』11/01-21シアタートラム

 1997年に青年座で初演された永井愛さんの戯曲をフランス人のアントワーヌ・コーベ氏が演出されます。青年座版は黒岩亮さんの演出で明治時代の名門女学校をリアルに再現した正統派の新劇作品でした。清楚な袴姿の女学生たちにしみじみ感動したのを覚えています。
 しかしながらこのアントワーヌ・コーベ版は、抽象的な舞台空間で、戯曲の背景となる時代色を完全に排除し、実験的演出が多々ある冒険的作品でした。

 メルマガ号外へあと一歩、の大感動でした。土日以外はぴあでも残席ありです(18:30開演だからかしら)。装置も衣裳も照明も音楽も演出も、輝ける女の子たちも。きっと忘れられない舞台になります。

 平塚らいてう、与謝野晶子等の「新しい女性」が生まれてきた頃、明治44年の師範女学校のエリート少女たちの青春物語です。

 劇場に入ったとたんに、うわーーーっ!っと感激しました。舞台が青年座版と全然違うんですもの!ステージの壁全部がちょっとオレンジと黄味がかった白い布にくるまれているんです。フワっとではなく、壁にべっとりと布がはりついてる感じ。布の質感はちょっと毛羽立った和紙のよう。暖かい色一色で全体を包み、ぼんやり守られているような気分にさせておきながら、少し乾いた死をイメージさせる空虚さもあります。上手側の客席通路に作られた舞台の床同様に白木でできた短い花道は、そのまま舞台上へ続き、だんだんとゆるやかなスロープとなって上手前方から下手後方へ向かって上っていきます。スロープの奥には、イントレのように簡単に組まれた2.5階分ぐらいの高さの台があります。学内の見回りをする老女教師が客席に背中を向けてスタンバイする場所なのです。それ以外には具体的には使われず、静かなオブジェとしてそこにひっそりと有りました。装置そのものが現代アート作品のようなんですよね。

 女学生の衣裳は舞台と同系のベージュを基本としたワンピースと、その上からひっかける短いカーディガンで統一されています。部屋着(パジャマ?)は鮮やかな色ですが同じくワンピースで、全員色違いです。可愛かったな~・・・ワンピースの魔法と言いましょうか、女の子達が普通に可愛いんです。教師役はスーツ、ジャケットとスラックス、首まで詰まったワンピースなど、現代風教師ルックでした。色が全体的に優しいパステル系ですので、舞台にマッチします。
 照明も詩人のようでしたね~・・・。中でも暗転が美しい!めちゃくちゃゆっくりと暗くなっていくのですが、最後の完全暗転の直前だけ一気に落ちるんです。残像が鮮やかに残って、暗転前と暗転後の味わいが非常に印象深いものになるのです。ろうそくの火とのコンビネーションや、シーンごとの微妙な差までこだわって作られていたと思います。どのシーンも個性的ですごくきれいでした。
 音楽は、あの楽器、何なんでしょ、あの、管楽器。トランペットよりも暗い音だった気がする・・・クラリネット?無知でスミマセン。ジャズ調で軽くむせぶように鳴る管楽器の音楽にしびれました。何度か流れましたね。それも意外なところで。

 お話自体は永井愛さんの戯曲ですからしっかりとした構成と起承転結があります。でも、演出はそういうルールをするりとかわしていくように、様々な手段が試されていました。突然ダンスのような動きをしたり、客席の方を向いてセリフを棒読みし続けたり、6人ぐらいで揃って簡単な振付の動きをしながら会話したり。ドキっとしたりあっけにとられたりしながら、はっきりとしたかつ舌で届けられる言葉たちに聞き入りました。

 ここからネタバレします。 

 青年座版と比べると、ポイントポイントの演技の解釈がかなり違います。接吻シーンは初演の時に私が感じた“恋のときめき”よりも、ものすごい“衝撃”がありました。少女達の守られた世界の中に突然、招かれざる野獣が進入してきたことがわかります。
 その野獣(板谷順吉役:藤沼剛)にかんざしを挿してもらったことがバレて退学になる梅津(中村美貴)が、「はい!うっとりしておりました!」とはつらつとした声で堂々と明るく言い切るのも、青年座版とは逆でした。青年座版ではじっくりと思いつめたように発声していたと思います。どちらも心にずしりとくる演出でしたが、アントワーヌ・コーベ版の方が瞬発力があるような気がします。
 新庄先生(笠木誠)が光島(井川遥)に告白するシーンでは、二人とも観客の方を向いて言葉を発していました。新庄先生のひっそりと一途に想い続けた恋心が、かすかに見え隠れするのがくすぐったくて、なんとも微笑ましくて、観ている私の方が恋わずらいのため息をしそうでした。
 アントワーヌ・コーベさんの演技の演出は、ゆっくりじっくり見せるところは遠慮なく長くするんですが、セリフの前後およびセリフとセリフの間はかなりシャープに時間を詰めています。それってめちゃくちゃかっこいいと思うんですよ、ビビっとしびれちゃうんです。

 いったんは学生の大半を占める80人もの同意を得たものの、運動会までちゃんとストライキをしていたのは光島と初江(魏涼子)だけでした。クライマックスは、新庄先生のプロポーズを受けることにした光島が初江にそれを打ち明ける、2人だけの対話のシーンになるのですが、まさかそこに役者全員が出てくるとは思いませんでした。光島は完全に棒読みになり、初江もしゃべっている内容とは全然かけはなれた、穏やかな表情でゆったりと歩きます。セリフを話さない(本来ならその場にはいない)役者は、ほぼ全員が客席に背を向けて静止して立っています。舞台の両サイドに、かんざし職人の順吉(上手)と退学した梅津(下手)が立っていますが、彼らは客席の方を向いています。ここで、客席に背中を向ける人間(社会に適合する方を選んだ者)と、客席に顔を向けている人間(自分の心に従って生きることを選んだ者)が表現されています。

 最後の「飛行機」のシーンは一体どうやるんだろうと、青年座版の時と同様に今回もかなり期待していました。すると・・・まさか客席を使うとは!!初枝は客席の一番後ろに設置された照明に向かって、客席のど真ん中のイスの上を観客の手を借りながら登っていくんです。スゴイ!ここで物語の登場人物と観客がつながりました。初江は、彼女の生きた時代では異端でしたが、今はこうやって暖かく手を差し伸べられる人なのです。客席を登っていく初江を背中から見つめる光島がいます。舞台に背を向けた人たちはその体勢のまま右手を上に伸ばし、ゆっくりと左右に振るのです。まるで初江を見送るように。

 井川遥さん。光島役。見ていて幸せになる女優さんでした。言葉もはっきり、清楚で、まっすぐで、美しい。ヒロインばっちりです。私にとって「彼女が出るなら観たい」と思える女優さんです。パルコ劇場の『儚 HAKANA』で初舞台、その後シアタートップスの『美しきものの伝説』に出てらっしゃいました。これが3度目の舞台なんですね。
 魏涼子さん。メガネの初江役。宮田慶子演出の青年座公演『乳房』をはじめ、超グラマーな熟女イメージでしたので、何度もプログラムを見直しました。「ホントに魏さん!?」って(笑)。頭でっかちでギスギスした、お世辞にも美人とは言えない女の子役なんですもの。迫真の演技でした。素晴らしかったです。
 久保酎吉さん。校長先生役。大人の「権力」を完璧に表してらっしゃいました。ひとつひとつの動きに意味と説得力があり、この作品の中で一番その芸に魅せられた役者さんでした。

 シアタートラムのイスで休憩15分込みの3時間はちょっぴりお尻にはつらいかな・・・とも思いましたが、この演出はなかなか観られないものだと思います。ぜひこの機会を逃さないでください。

 【雑談】客席に、昨日千秋楽だった『楡の木陰の欲望』の演出家アッカーマンさんと主役のパク・ソヒさんがいらっしゃいました。休憩時間にパクさんがアッカーマンさんにストーリーを英語で説明してらっしゃいました。そうですよね、日本語ですものね。
 青年座の檀臣幸さんがいらしたのですが、下北沢5劇場同時公演はもうすぐですよね。『深川安楽亭』が楽しみです。

作:永井愛 演出:アントワーヌ・コーベ
出演:井川遥/魏涼子/中村美貴/山谷典子/もたい陽子/伊勢佳世/村松えり/ともさと衣/笠木誠/藤沼剛/谷川清美/塩山誠司/久保酎吉/冷泉公裕/大方斐紗子/八木昌子
美術:二村周作 照明:大野弘之 衣裳スーパーバイザー ヘアメイクアドバイザー:林裕子(スタジオAD) 舞台監督:田中直明 プロダクションマネージャー:山本園子 技術監督:眞野純 通訳:堀内花子 演出助手:中野志朗 衣裳:和合美幸 宣伝美術::有山達也 宣伝写真:関めぐみ 制作:笛木園子 
世田谷パブリックシアター内:http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/jouhou/04-2-4-43.html

Posted by shinobu at 2004年11月02日 01:04 | TrackBack (0)