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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年11月13日

パルコ・プロデュース『ピローマン(原題:THE PILLOWMAN)』11/06-11/23パルコ劇場

 阿佐ヶ谷スパイダースの長塚圭史さんが演出するマーティン・マクドナーの2003年度ローレンス・オリヴィエ賞新作最優秀賞受賞作品です。
 劇場に着いて上演時間を知ってビックリ。1幕120分、休憩15分、2幕75分という長丁場です。観劇後の予定をキャンセルしました(涙)。
 ・・・観た後にいろいろ考えるところのある複雑な戯曲でした。こういう作品が賞を取るイギリスってやっぱりすごいなと思います。
 ※ものすごく長いレビューになってしまいました。ネタバレ表示もしていますので、そこまでお読みいただけたらと思います。

 子供の虐待がテーマです。それだけでも観ているのがつらいのですが、達者な役者さんの演技と、子供のためのおとぎ話のように語る軽やかな演出によって、残酷で悲しすぎるストーリーの中から石ころのようにちっぽけな、でも確かに形のある愛がこぼれ落ちてきました。

 【あらすじ1】
 自称作家のカトゥリアンは突然警察に拘束された。なんと自分が書いた物語の通りに子供が惨殺されたという。身に覚えのないカトゥリアンは2人の刑事(トゥポルスキ:近藤芳正と、アリエル:中山祐一朗)に必死で身の潔白を表明しようとするが、一緒につかまっていた知的障害のある兄ミハイルが、あっさりと全ての罪を自白したというのだ。

 暗くて汚い尋問室のシーンから始まります。これから解けていく謎のネタふり段階であり、空気も停滞気味だったので退屈しました。先が長いというのもちょっとブルーな気持ちになる原因でしたね(笑)。初日だったので役者さんの演技がちょっと固かったのもあるかもしれません。

 ここからネタバレします。推理劇でもあるので何を書いてもネタバレになるのよね。

 【あらすじ2】
 この兄弟の家庭環境は普通ではなかった。両親は、2人の息子のうち兄のミハイルを虐待し、弟のカトゥリアンを溺愛するという実験的な子育てをしたのである。自分に兄がいることを知らないまま、何不自由なく愛されて育ったカトゥリアンは、のびのびとその才能を発揮し、幼くして小説を書くような優秀な子供に育った。しかし、隣りの部屋で両親がミハイルを肉体的に虐待する音(鞭で叩く音など)を毎日聞いていたために、彼が書く物語は暗くて残酷なものばかりになっていった。
 14歳の時、カトゥリアンは初めて兄の存在に気づき、しかも両親に虐待されていたことがわかると、彼は両親を殺して兄を助け出した。その時すでに兄(ミハイル)は知的障害を持つ人間になっていたのだ。

 カトゥリアンの書く物語は子供が虐待されるものばかりです。いくつか劇中劇と朗読で紹介されるのですが、それがほんとに怖い(苦笑)。子供の脚の指をナイフでガスッと切り取っちゃったりとか、剃刀入りのリンゴを食べさせちゃったりとか、タイトルの『ピローマン』もカトゥリアンの作品で(あらすじはこちら)、これもまた子供に自殺を促すという暗いお話です。

 ミハイルがカトゥリアンの物語(『川のある町の物語』『(忘れちゃった。剃刀入りリンゴのお話。)』『小さなキリスト』)になぞらえて3人の子供を殺したことがはっきりした所から、断然に面白くなってきました。子供のように無垢に見えるミハイルが、自分が実際にやった殺人の方法をサクサクと説明するのには奇妙な凄みがありました。
 殺人罪に問われて刑事に射殺されるよりは、寝ている間に死んでしまう方がミハイルにとって幸せだろうと思い、カトゥリアンは両親を殺した時と同様に、枕(ピロー)をミハイルの顔に押し付けて殺してしまいます。ここまでで第1幕なんですよね・・・・濃い!


 第2幕は『小さなキリスト』の劇中劇から始まります。カトゥリアンが書いた残酷な物語の中でも群を抜いて陰湿なので、子役が虐待されるのがつらいのなんの。でもアメリカのB級スプラッター・ホラー・アニメみたいな演出なので、ちょっと笑えちゃうところもアリ。

 カトゥリアンは刑事の望みどおりに、兄ミハイルと一緒に自分も3人の子供の殺害に関わったと嘘の供述をします。その見返りに、自分を処刑しても作品だけは焼かずに50年保管してほしいと懇願するのです。ここからは刑事2人の人物像が明らかにされていきます。頭が弱くてすぐに暴力を振るう刑事アリエルが、実は少年時代に父親から性的虐待を受け、その父親を自分で殺したという悲惨な経験の持ち主であり、子供を虐待死させたカトゥリアンを許せないのだということがわかります。
 『ピローマン』は、不幸な大人を子供時代に戻して子供のうちに自殺をさせるという、ぶっちゃけ超後ろ向きな話です。でも刑事のトゥポルスキが「お前の書いた作品の中で『ピローマン』だけには思うところがある」と言います。というのも、彼の息子は幼い頃に溺死していました。「息子は将来不幸な大人になる運命だったのだ。だからピローマンが息子が不幸を体験する前に来て、助けてくれたのだ。そして息子が死ぬ瞬間も、そのフカフカの体で息子のそばにいてくれたのかもしれない」と解釈できるんですね。『ピローマン』は不幸な大人を助けるだけでなく、幼い子供を亡くした親を助けるヒーローでもあったのです。これにはヤラれました。涙出そうになった。

 一人の人間が死ぬことで残すメッセージは、とてつもなく重大なのだと思います。死んだと思われていた少女が緑色のペンキでべったべたに全身を塗られた姿で出てきたことで、ミハイルは「弟が書いた『小さな緑の豚』というお話が大好きだった」という遺言を残したのです。『ハンブルボーイ』(レビューはまだアップしていません)では「俺は妻を愛していた」ですし、竹宮恵子の漫画『オルフェの遺言』では「オルフェは青が好きだった」です(古いネタですみません)。
 カトゥリアンが唯一自伝的な作品として書いた『作家とその兄弟』では、虐待されていた兄が作家の弟には決して書けなかった世にも美しい小説を書き上げて、ミイラになって死んでいたという結末になっています。カトゥリアンが「この作品のタイトルは、兄が『作家』で弟が『兄弟』なのだ」と言うのも、死んだ時に残したものこそがその人物を表すものであることを明言しています。
 人間は「生まれて、生んで、死ぬ」という極単純なことを繰り返している存在です。全宇宙の中で一瞬のまたたきのようなこの生涯の、最期に残すものこそが人間のアイデンティティーなのではないでしょうか。NHK大河ドラマ『新撰組!』でもさまざまな死が描かれています。私たちは改めてそれに気づき始めているのかもしれません。

 結局カトゥリアンはトゥポルスキにピストルで頭を打たれてあっけなく処刑されます。しかも「黒いマスクを被ってから10秒後に引き金を引く」と約束したのに約3秒早めに打たれてしまいました。アリエルは、カトゥリアンが子供虐待殺人の犯人でなかったことが判明してからは、カトゥリアンに対する敵意が消えて同情の心さえ持ち始めていましたので、トゥポルスキの冷酷な仕打ちに腹を立てました。本当に“泣きっ面に蜂”的な最期ですよね。でもこれが思わぬ救いに転じるのです。
 打たれるまでの約7秒間にもカトゥリアンは物語を頭の中でつむぎ出していました。それは『ピローマン』の番外編。両親に虐待される前のミハイルのところにピローマンがやって来るのです。でもミハイル少年は「自分が虐待される物音を聞けなければ、弟は物語を書けないよね。だからこのままでいいよ。僕はきっと弟の物語を好きだと思うから」とピローマンの死への誘いを断るのです。カトゥリアンが最期にミハイルのことをこんなに良い風に想像できたのは、ミハイルの遺言(『小さな緑の豚』が好きだったこと)が影響しています。ミハイルが残したたった一つの気持ち、兄カトゥリアンに対する愛が、カトゥリアンの最期を暖かいものにしたのです。
 そして、本当に起こってしまったミハイルの悲惨な人生(子供を惨殺し、弟に殺されること)が物語のラストシーンになることを、3秒早く打ち込まれた弾丸が止めてくれました。さらにトゥポルスキに反発しカトゥリアンに同情したアリエルが、彼の作品を燃やさずに残すという奇跡が生まれます。
 「終わりよければ全てよし」という言葉は、普段は投げやりな意味で使われることが多い気がしますが、本当はこういう意味なのかもしれないと思いました。また、「マイナスとマイナスが重なるとプラスになる感覚」というのは際どい殺人ものなどのキレてる作品(演劇に限らず)でよく言われる表現ですが、この戯曲もそれに当てはまると思います。マイナスが倍以上重なりますけど(笑)。

 美術(島次郎)は回り舞台で、尋問室、森の中の子供部屋および虐待部屋、物語『小さなキリスト』の世界などがクルクルと巡って、人間の頭の中を表しているようでした。“表裏一体”、“一寸先は闇”のイメージもあり。『小さなキリスト』のどきつい色使いの三角の空間は面白かったです。

 オープニングとエンディングにピローマンのアニメが上映されます。ピンクでふわふわの丸いキャラクターがはっきりと具体的に示されたのがとても良かったと思います。

 パンフレットに戯曲中の物語(3篇のみ)が短編絵本集のように掲載されているのには感動です。

 ※マーティン・マクドナーの処女作「ビューティークィーン・オブ・リーナン The Beauty Queen of Leenane」がシアターX(カイ)でもうすぐ上演されます(11/16-22)。日本初演ですね。

 ※こちらのレビューもどうぞ
  踊る芝居好きのダメ人間日記
  藤田一樹の観劇レポート

 ※こちらでまとめられていますね。すごいレビューの数!
  Report & Review「ピローマン」

(東京公演→名古屋、大阪、福岡、広島、水戸)
作:マーティン・マクドナー(Martin McDonagh) 訳:目黒条 演出:長塚圭史
出演:高橋克実 山崎一 近藤芳正 中山祐一朗 宮下今日子 岩田純 福地亜紗美/岩井優季(ダブルキャスト)
美術:島次郎 照明:佐藤啓 音響:加藤温 衣裳:藤井享子 ヘアメイク:高橋功亘 演出助手:山田美紀 舞台監督:菅野将機 企画・製作:(株)パルコ
パルコ劇場HP内公式サイト:http://www.parco-city.co.jp/play/pillowman/
ぴあのインタビュー:http://t.pia.co.jp/play-p/pillowman/pillowman.html

Posted by shinobu at 2004年11月13日 16:44 | TrackBack (4)