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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2009年03月06日

グリング『吸血鬼』03/05-11青山円形劇場

 青木豪さんが作・演出される劇団グリングの新作は、安心して観ていられる客演陣を迎えた、初の円形劇場での公演です。

 大人向けの、苦くて、優しいドラマでした。声(セリフ)が、文字になって、ガツーンって、来た。

 ロビーで販売されていた『吸血鬼』の脚本を購入しました(1000円)。まだ残席あるようです。ご都合の合う方はぜひ。上演時間は約1時間50分。

 ⇒CoRich舞台芸術!『吸血鬼
 レビューをアップしました(2009/03/07)。

 ≪あらすじ≫
 女が古いアパートで死んでいた。広告代理店に勤めるごく普通の女だったのに、なぜこんな孤独死を?彼女の学生時代からの友人である脚本家(杉山文雄)が、死の真相を探り始める。
 ≪ここまで≫

 円形劇場の中央には丸い演技スペース。客席を一部分つぶして2階立てアパートが建っています。シンプルな色使いの抽象舞台です。

 シアターガイドなどのインタビューで青木さんがおっしゃっているように、東電OL殺人事件(Wikipedia)がモチーフになっていました。私は桐野夏生さんの小説「グロテスク」を読んでいましたので、入っていきやすかったですね。というか前半は想像しやす過ぎて、ストーリーを追うだけになってしまい、少々物足りなさもありました。

 でも、もちろんそれだけで終わるわけはなく・・・。軽く予想を裏切ってくれた後、グサグサと刺さる、短い、でも、熱い言葉が連発。セリフが文字になって体に降りかかってくるようでした。目に突き刺さって、脳に入り込んでくるぐらい。

 思い込みのどん底にとことん落ちて、それでも誰かを求めて、無様に生きる人間が描かれていたように思います。私たちは、自分から殻の中に閉じこもっておきながら、その孤独に振り回されますよね。そんな大人が、どうやってこの寂しさと向き合って生きていけばいいのか。最後の最後に私は、自分の孤独をまずは認めてあげたらいいんだ、と思えました。

 ここからネタバレします。セリフは完全に正確というわけではありません。

 まずは脚本家の菊池(杉山文雄)が大学時代の恋人・恭子(高橋理恵子)の死因を探っていきます。彼女は実家とは別にボロアパートを借りて、そこで売春をしていました。ある日、恭子はSM趣味のある客(みのすけ)に乱暴されて、あっけなく死んでしまい・・・というのは、菊池の想像でした。彼はあるドラマの脚本用に恭子の物語をつむいでいたのです。彼の都合の良いように。

 殺されたはずの恭子が起き上がり、筆者である菊池に語りかけます。「これで満足?」と。そして彼に本音をぶつけます。「あなたの耳が嫌い」「あなたの声が嫌い」と。この言葉でボロ泣き。なんで私が泣いてしまうのか全くわからなかったんだけど・・・(苦笑)。たぶん2人ともに、ものすごく共感してしまったんだと思います。恭子とつながりたかった菊池と、菊池に本気でぶつかってきて欲しかった恭子に。
 そういえば、菊池が初めて恭子の実家を訪ねた後につぶやいた「書こうと思う」という言葉も、なぜか胸に突き刺さったんですよね。

 実はボロアパートで死んだのは菊池の方でした。前半はいわば、アル中だった彼の死ぬ間際の妄想だったのかもしれません。恭子は菊池が死んだアパートに行って、彼と再会した“あの夜”を想像します。恭子は菊池と夢の中で出会い、あの夜をやり直そうと、今の気持ちを吐露します。「人間はなぜこんなに他人とつながりたいと思うんだろう。そんなこと思わなければ(悲しい思いをしないのに)」と。そのせりふの直後に、2人のそばに居たサックス吹き(遠藤隆太)とその師匠・博史(みのすけ)の会話が続きました。博史「お前の音には孤独が足りない」。

 最初は、自分で勝手に一人になって、寂しがって、そのくせ他人とつながりたがる菊池と恭子に対して、強い共感をもって(一緒に悲しんで)観ていたのですが、博史の言葉で目が覚めました。人間は自分の孤独を認めて、そのどん底にたどりついて初めて、他人の孤独を想像できるんですよね。そして、孤独なもの同士がつながれる接点が生まれるのだと思います。だから、私は(人間は)孤独でいい、むしろ孤独じゃないとつながれないんだと気づきました。
 エンディングの暗転の中で、星空(天の川?)に包まれました。可愛らしい照明が小さく光る夜空を見上げながら、青木さんの孤独と、私の孤独が一緒にそこにあって、お互いに手をのばしているように感じて、また涙がこぼれました。

 “吸血鬼”とは、他人の人生を材料にして本を書き、それで生計を立てる脚本家でもあるし、母乳(血液)を吸って成長する赤ん坊(つまりすべての人間)でもあるんですね。ドラキュラは誰にも理解されない化け物というイメージもありますから、“孤独な大人”のイメージにもぴったりな気がします。
 恭子の義姉は「自分の血を吸った子供が生きてくれるから、自分はもう死んでもいい」と満足げに言います。子供を持つ人ならではの感覚ですよね。子供によって孤独から救われる人物が登場したことで、子供がいない人物の孤独が鮮やかに伝わりました。でもいつか子供が親離れしたら、また義姉は孤独になるかもしれませんよね。人間は誰もが吸血鬼なんだと思います。

 最後に、演出について感じたことを少し。死体の第一発見者だったちんどん屋たち、恭子の同僚や不倫相手、菊池が打ち合わせに使った喫茶店の店員などを演じた役者さん(みのすけ、萩原利映、遠藤隆太)は、皆さんが顔を白塗りにされていました。後から考えるとこれらは菊池の想像の中の出来事だったわけで、良いヒントになっていますよね。
 ただ、菊池の世界が夢で、恭子の世界が現実だとは限りませんよね。恭子の世界の方も実はすべて夢かもしれない・・・ということを、もっと前に出した演出になっても良いんじゃないかと思いました。もっと曖昧で難解な方が、私好みかも。

グリング第17回公演 青山演劇LABO#002
出演:杉山文雄 中野英樹 萩原利映 安藤聖 遠藤隆太 高橋理恵子(演劇集団円) 辰己智秋(ブラジル) 平田敦子 みのすけ(ナイロン100℃)
脚本・演出:青木豪 照明:清水利恭 美術:田中敏恵 舞台監督:筒井昭善 効果:青木タクヘイ 効果オペレーター:吉岡栄利子 音楽:DubRIN'=峯岸信太郎 寺田英一 演出助手:松倉良子 演出部:伊倉真理恵 衣装・ヘアメイク:栗原由佳 宣伝美術:高橋歩 宣伝写真:中西隆良 舞台写真:鏡田伸幸 制作助手:高橋絵梨佳 制作:菊池八恵 制作協力:嶌津信勝 提携:こどもの城 青山円形劇場 企画制作・主催:グリング
前売4,300円・当日4,800円(全席指定/税込)
http://www.gring.info/

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2009年03月06日 23:53 | TrackBack (0)