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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2009年09月25日

ホリプロ『ネジと紙幣』09/17-27天王洲 銀河劇場

 ペンギンプルペイルパイルズの倉持裕さんが近松門左衛門の『女殺油地獄』を翻案・演出されます。主演は森山未來さんとともさかりえさん。森山さんはストレート・プレイでの主演は初めてなんですね。

 キャッチコピーどおり「なぜ男は女を殺さなくてはならなかったか?」が描かれます。自分で自分を追い詰め不幸になっていく人々の姿がとことん哀しいです。そうでありながらトボけた笑いもいっぱい。具象美術を動的に使う演出が素晴らしい!「S席8000円の演劇を観せてもらった!」という充実感を得られました。上演時間は約2時間15分(休憩なし)。

 ⇒CoRich舞台芸術!『ネジと紙幣

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。改行を変更。
 常に何かにいらつき、家業を手伝わずに遊んでばかりいる行人(森山未來)。家族にも愛想を尽かされているが、幼馴染で姉のような存在の桃子(ともさかりえ)だけは行人を見捨てることなく、面倒がおこる度に叱ったりなだめたりしてくれる。桃子は傍目には幸せな主婦そのものだが、実は夫(小林高鹿)と子供との関係に悩み、なにか満たされない気持ちを抱えていた。
 花火大会の夜。行人は入れあげているキャバ嬢(江口のりこ)が、自分以外の男・赤地(長谷川朝晴)と花火を見に来ると知るや激怒し、男を蹴散らしてやろうと襲撃の計画をたてる。軽い威嚇のつもりが、悶着の末、誤って半殺しにしてしまう。
 奇跡的に怪我から回復した赤地は、件の暴力沙汰をきれいさっぱり忘れてしまったように、行人に儲け話を持ちかけてくる。不穏な空気を感じつつも、これまでとは次元の違う悪事に引き寄せられていく行人・・・。
 なぜ行人は、桃子を殺さなくてはならなかったのか?
 ≪ここまで≫ 

 コミュニケーション能力と問題解決能力の無さが、さく裂!!不用意な言葉がそのまま暴力と入れ替わり、心が代替え可能なお金(紙幣)へと変換されていきます。そして「今しかない」と思い込むことがさらに不幸に拍車をかけて行きます。「あぁ、もう、バカバカ!行人!!」「お母さん、黙って!」「お兄ちゃん、そういう言い方はダメだってば!!」などと心の中で叫びまくってました(苦笑)。

 原作どおりの悲劇でありながら、演劇ならではの仕掛けも面白く、とっつきやすい笑いもふんだんに盛り込んだ娯楽作になっています。倉持さんが作り上げた会話劇を贅沢に味わえたことが、私にとっては何よりの収穫でした。
 
 私の席はQ列だったんですが、横に照明だか音響だかのブースがあるんですね。オペレーションをするための照明(手元明かりなど)がずっと点いた状態だったので、お芝居に集中しづらかったです。銀河劇場には何度も通ってますが、私がこの列に座ったのは初めてだったのかも。苦情は出てないのかしら・・・。できれば座りたくない列です。

 ここからネタバレします。

 工場の上手にある居間がスライドして出てきたり、装置を反転させてお向かい同士の町工場を表すのが見事です。あえて転換の仕掛けを見せることで、観客に柔軟な想像力を喚起していると思います。行人が桃子を刺し殺してしまうところで、洗濯物が血に染まるのが凄い。桃子の死体が舞台中央面にずっとあるのも良かったです。

 行人が勘当されることになる家族会議(?)のシーンは、本当に帰りたくなるほど観ていてつらかったです(演出家の思うツボですね)。でもその後の桃子と夫のシーンで折れかけた気持ちが復活。お互いをおもんぱかりながらも自分の望みを通そうとして、夫婦はすれ違い続けます。選んだ言葉が次々と誤解を生み、その誤解をもとにして出た次の言葉と行動が、また2人を遠ざけます。倉持さんの書かれた会話劇の緻密さ、奥の深さが凝縮されたシーンだったように思いました。

≪東京、宮城、富山、愛知、大阪≫
森山未來 ともさかりえ 田口浩正 根岸季衣 長谷川朝晴 江口のりこ 細見大輔 野間口徹 満島ひかり 小林高鹿 近藤智行 吉川純広
作・演出:倉持裕 舞台美術:島次郎 音楽:粟津裕介(locolo code) 照明:吉枝康幸 音響:中島正人 衣裳:宮本まさ江 ヘアメイク:宮内宏明 アクション:諸鍛冶裕太 演出助手:長町多寿 舞台監督:足立充章
S席8,000円 A席6,000円【休演日】9月22日【発売日】2009/06/06
http://www.neji.ne.jp/

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 10:24 | TrackBack

燐光群『BUG』09/18-30ザ・スズナリ

 『BUG(バグ)』は、『八月のオーセージ郡で』で昨年ピューリッツァー賞・トニー賞の主要5部門を受賞した劇作家トレイシー・レッツさんの戯曲です。演出の坂手洋二さんは2004年にニューヨークで観劇して以来、日本での上演を計画されていたそうです(パンフレットより)。

 美保純さんが病気で降板され、代役を西山水木さんがつとめています。主役変更に伴いチラシ、DM、ポスターを全て新しく作られたんでせすね。すごいスタッフワークだと思います。上演時間は約2時間弱。

 ⇒CoRich舞台芸術!『BUG

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 アメリカ郊外オクラホマ。息子を失い心に傷を負ったアグネス(西山水木)は、仮釈放された元夫の暴力(猪熊恒和)から逃れるため、一人モーテル暮らしをしていた。彼女は、やはり過去を背負う元兵士のピーター(大西孝洋)と出会い心を通わせる。彼らは部屋に小さな「虫(バグ)」が存在することに気づく。閉ざされた空間で次第に二人は追い詰められてゆく。ハイパーな現実か、辛い日常から逃れるための幻想か? 濃厚な関係を結ぶ彼らは、やがて圧倒的な高揚感の中で、厳しい決断を迫られる。
 ≪ここまで≫

 舞台は田舎の小さなモーテル。戯曲に今のアメリカのムードが描かれているように感じました。日本とアメリカとの関係および日本人が抱くアメリカについてのイメージは、私が学生の頃とは大きく変化しているように思います。いえ、ここ数年でも激変していますよね。だからアメリカの現在の演劇を観られて良かったです。

 ピーターとアグネスは小さな部屋で、彼らにだけ見える虫(バグ)に悩まされるようになります。登場人物が誰を信じたらいいのかわからなくなるのと同様に、観客も劇中では何が本当なのか、どういう方向に話が進もうとしているのかがわからなくなってきます。これがとてもスリリング。

 人間は会ったばかりの人を信じたり(恋に落ちたり)するし、長年付き合っていた人を突然死ぬほど嫌いになったりします。自分が作りだした妄想の世界に入り込んで、にわかに裸の王様になり、その自覚すらないこともしばしば。すごく自分勝手で愚かです。そんな姿が極端であればあるほど滑稽に、時には可愛らしく見えるものですが、実は私の日常生活だって、ひどい誤解と思いこみだけで成り立っているのかもしれません。そんな風に考えた帰り道でした。

 息がぎゅっと詰まったままになるような、張りつめた空気が持続します。途中でほんの少し休憩があって助かりました。

 ここからネタバレします。

 少人数の登場人物の会話から読み取れるテーマは貧困、家庭内暴力、同性愛、コカイン中毒、戦争(軍隊・警察権力)など。今のアメリカの社会問題が凝縮されているのだと思います。私は特に、ピーターが湾岸戦争のことを今もずっと引きずっているのが印象に残りました。アメリカは数年ごとに必ず戦争をしてきた国なんですよね。

 アグネスは44歳。職業はおそらくバーのウェイトレス。10年前に6歳の息子ロイドが行方不明になり、2年前にとうとう探すのを諦めました。彼女の夫(猪熊恒和)は暴力をふるうならず者で牢屋に入っていましたが、2年で仮出所してきて、再び彼女にたかります。次々と不幸が降りかかってくる女性です。西山水木さんの演技から、子供を失った母親の悲しみがずっしりと伝わってきました。

 アグネスのレズビアンの友達(宮島千栄)がアグネスのために男を拾ってきました。名前はピーター(大西孝洋)。彼は湾岸戦争の時に軍によって人体実験のモルモットにされたと、アグネスに告白します。血の中に虫(バグ)を入れられたのだと。

 主要登場人物が皆コカイン中毒なので、彼らが言ってることをどこまで信じていいのかがわかりません。ピーターを追ってきた軍医(?)のスウィート博士(川中健次郎)も、アグネスを嘘で釣ろうとする悪人ですから、彼の言うことだって信じられません。でもピーターとアグネスの体は確実に傷ついて血まみれになっていきます。血液を食べて育った虫たちが、酸素を求めて体を食い破って出て来るんだとピーターは言うのですが・・・。

 2人が虫の妄想に取りつかれて奇妙な行動を取るシーンは、もっと笑いを起こす方向にしても良かったんじゃないかと思いました。特に終盤は怖いんだか可笑しいんだかわからないような、常軌を逸した空気がさらに増して欲しいなとも思いました。ゲラゲラ笑った末に2人がガソリンで一瞬にして焼身自殺してしまえば、より鮮烈なエンディングになったのではないかしら。お互いに「愛してるわ」と言い残すので、美しさも際立ちますよね。な~んて、素人考えですが。

≪東京、大阪、名古屋≫ "BUG by Tracy Letts"
出演:西山水木 大西孝洋 猪熊恒和 川中健次郎 宮島千栄 ※美保純がメニエール病悪化で主役舞台降板。代役は西山水木。
脚本:トレイシー・レッツ 上演台本・演出:坂手洋二 美術:島次郎 照明:竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)  音響:島猛(ステージオフィス) 衣裳:宮本宣子  舞台監督:高橋淳一 下訳:秋葉ヨリエ 演出助手:清水弥生  宣伝写真:Yurizo 宣伝意匠:高崎勝也  文芸助手:久保志乃ぶ 制作:古元道広・近藤順子・永坂悠
【発売日】2009/08/16 全席指定 前売3,600円 当日4,000円 ペア6,600円(前売・予約のみ) 大学・専門学校生3,000円 高校生以下2,000円 (学生券は前売・当日共通料金 劇団扱いのみ 受付で要学生証提示)
http://www.alles.or.jp/~rinkogun/bug.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 00:18 | TrackBack