REVIEW INTRODUCTION SCHEDULE  
Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
mail
REVIEW

2010年08月13日

【稽古場レポート】彩の国さいたま芸術劇場『音楽劇 ガラスの仮面~二人のヘレン~』07/27彩の国さいたま芸術劇場稽古場②

gkHelen_ninagawa1.JPG
蜷川幸雄さん

 『音楽劇 ガラスの仮面~二人のヘレン~』稽古場レポート②です。①はこちら

 13時から17時過ぎまでの稽古を拝見した後、演出の蜷川さんに直接お話を伺う時間をいただきました。蜷川さんさんが今、若い演劇人に対して思っていること、そして芸術監督をつとめる彩の国さいたま芸術劇場の今後の展望についても語ってくださいました。

 ●彩の国さいたま芸術劇場『音楽劇 ガラスの仮面~二人のヘレン~』
  08/11-27彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
  ※チケットは発売中です。S席6,000円、A席4,000円
  ⇒公演公式サイト ⇒公演公式ツイッター
  ⇒げきぴあ「蜷川演出版『ガラスの仮面』稽古場より
  ⇒CoRich舞台芸術!『音楽劇 ガラスの仮面~二人のヘレン

■“ものをつくる”ということ/演劇は日常生活の反映

 ―前作に続き劇中劇で創作現場を見せるのが大きな魅力ですね。

 蜷川「そうですね。どうやってものをつくっていくのかを、お客さんに通じるようにしたいと思ってるんです。演劇は一番シンプルに人と人がぶつかるから、人間の在り方の生々しさが伝わる。そして演劇は世界を反映してるんだってことを、わかってもらえるといいなと思ってる。同時に若者教育もやってるんですけどね。」

 ―若者教育といえば、さきほど若い俳優に対して、短い場面を何度も繰り返しながら指導してらっしゃいました。

 蜷川「若者をきちっと自立した俳優に育てて、彼らに日常生活の反映として演劇があるんだということを認識してもらいたい。そのことを伝達したいと思うんだけど、なかなか伝わらないんですよね。それでも何度でも繰り返して、しつこくしつこく言い続けます。僕の現場だけじゃなくて、彼らがどこに行っても自分で色んな事を判断できるようになって、“ものをつくる”ということがわかるといいなぁ。これはもう、祈るような気持ちでやってます(笑)。」

【写真↓グループごとに振付の打ち合わせ中】
gkHelen_gunbu.JPG

■各地の芸術監督と連携/地域からアジアへ

 ―蜷川さんが彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に就任されて今年が5年目ですね。彩の国シェイクスピア・シリーズに加えて、ゴールド・シアター、ネクスト・シアターという劇団ができ、創造発信も人材育成もおこなう劇場になりました。

 蜷川「中央ばかりが演劇の拠点じゃなくて、地方もまた1つの拠点であり、発信する都市だということです。僕は東京もさいたまも相対化して、同じ力量、労力を使ってやろうと思ってますよ!東京が1番良いわけじゃないよ!・・・って、意地はってる(笑)。」

 ―さいたまにお住まいの方々に、蜷川さんやこの劇場のことが伝わってる実感はありますか?

 蜷川「昔より知られるようになったね。さいたまの違う地域に行っても『あ、芸術劇場の蜷川さんだ!』とか言われるし。こないだは信号待ちしてたら近所の人に『蜷川さん、お体に気をつけてくださいよ』って言われた(笑)。少しずつ認知度が上がってきました。」

 ―さいたまに蜷川幸雄あり!ですね。ここ数年で公共劇場の芸術監督が続々と誕生しています。首都圏では東京芸術劇場の野田秀樹さん、神奈川芸術劇場の宮本亜門さんなど。芸術監督同士で何らかの連携をしていくご予定はありますか?

 蜷川「そうだね~、みんなで『ライバルは国立!』って言って連合を組むかな(笑)。東京、神奈川、さいたまがそれぞれにボコボコと花火を打ち上げて、活性化していって、『周辺地帯の方が元気がいい!』って言われるようになるといいね。
 そのうち僕らが東京に行って野田秀樹がさいたまに来たり、僕らが神奈川に行って宮本亜門がさいたまに来たり。そういう風にしながら外国に、アジアの方にも少しずつ広がっていきたいね。ゴールド・シアターには韓国からも声がかかってるんですよ。」

【写真↓原作イラスト入りの宣伝カー】
gkHelen_car.JPG

■みんなで作りながら実践する現場主義

 蜷川「僕らは作りながら実践して、実践しながら作ってる。現場主義なんだね。よく言われるんだけど、僕が独裁してるっていうのは誤解(笑)。今日見て(あなたも)わかったと思うけど、みんなでワイワイ言いながら、アイデアを持ちよって作ってるんだから。僕だけの力じゃない、スタッフの力、みんなの力なんです。」

 ―たしかに蜷川さんは指示を出して決定もされますが、素材は役者さんやスタッフさんが進んで提示されていました。
 蜷川「そう。役者やスタッフが現場で育って、自分たちで勝手にやってるんだよ。」

 ―それにしても、さっきの突然の演出変更で、蜷川さんが希望されたスクランブル・エッグ(調理済みの食事)がちゃんと出てきた時は驚きました(笑)。事前の指示はなかったはずですよね?

 蜷川「そうなんだよ、言えばすぐに何でも出てくる(笑)。準備ができてるんだね。きっと小道具係は裏で『ほらみろっ、(蜷川さんが)そう来るのはわかってたぜ!』って言ってるんだよ(笑)。」

【写真↓チラシと台本】
gkHelen_chirashi_daihon.JPG


●稽古場取材とインタビューを終えて

 初めて蜷川さんの稽古場を拝見して、お話も伺わせていただくという幸運に恵まれました。稽古場でいきなりトンテンカンテンと建て込みが始まり、あっという間に装置を作り上げてしまったり、言えば何でもすぐに出てきたり、「バカ!」「やめちまえ!」といったダメ出しが飛んだりするのは噂どおりでした。

 でも私が一方的に抱いていた“演出家・蜷川幸雄像”は間違いだらけでした。公演パンフレットの役者さんへのインタビューでは「蜷川さんの現場は厳しい」と書かれていることが多いですし、テレビのドキュメンタリー(NHK「若者よ 心をぶつけろ~演出家・蜷川幸雄 格闘の記録~」)で蜷川さんが実際に「ばかやろう!」と怒鳴ってらっしゃるのを見ましたので、私は勝手に「近寄りづらい怖い人なのだろう」と思い込んでいたのです。

 蜷川さんは有名人ですので、様々なメディアで“いかにも蜷川幸雄らしい”発言や行動が、必要以上に強調されて報道され、その噂がひとり歩きして広がっているのではないでしょうか。私自身がその表面的な情報を信じて誤解をしていたので、5時間の稽古を1度拝見しただけですが、蜷川さんおよび蜷川さんの現場について感じたことを書かせていただこうと思います。

  ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 

 この稽古場レポートの一番初めに書きましたとおり、とにかくあの5時間はものすごく楽しかった!過剰にピリピリとしたムードはなく、おどおどしたような恐怖感や悲愴感も皆無。むしろ和気あいあいとしていました。あのスタジオにいた方々はいい具合にリラックスし、集中力も高まっていて、蜷川さんというリーダーを中心に、安心感と緊張感がバランス良く満ちていたというか・・・創造の場としてのポテンシャルが高かったと思います。それは蜷川さんがアーティストとして尊敬できて、リーダーとして信頼できるからだけではなく、面白くて、愛嬌があって、そして底抜けに優しい方だからだと思います。

 インタビューをさせていただいた時、蜷川さんは初対面の私に対して威張ったり馬鹿にしたりすることなく、本気で正直に話してくださいました。対等な一対一の人間同士として触れ合えたと実感できました。
 蜷川さんは怒鳴ったりされますが、その時の態度や声をしっかり受け取れば、愛情ゆえの言葉だとわかります。怒鳴った後には必ず丁寧な指導やフォローをされていました。「出ていけ!」「帰ってくるな!」などの言葉の選び方や、言う間合いも絶妙で、緊張も走りますが爆笑も巻き起こっていました。実は根っからのエンターティナーなんですね。

 蜷川さんご自身も話されていたことですが、若者を育てたい、自分がつかんだ演劇の真実を伝えたいという強い思いが、稽古場でのダメ出しにはっきりとあらわれていました。蜷川さんは次の世代のために、常に言葉を尽くされています。あるシーンを何度も繰り返してダメ出しをされていた時、あまりに丁寧で、前向きで、真摯なので、見学席にいながら涙が出てしまうほどでした。こんなに優しい人がいたなんて、知らなかった・・・。

 平田オリザさんが演劇ワークショップについておっしゃっていた言葉ですが、やはり「魔法はない」のだと思います。蜷川さんは紛れもないカリスマですが、ご本人もおっしゃっているとおり1人では舞台は作れません。周囲の仲間の力があってこそ蜷川演出作品が生み出されます。
 関係者に伺ったところ、蜷川さんと作品創作をする演出部は3~4チームあって、公演ごとにローテーションしているとのこと。それぞれのチームが長年、蜷川さんと一緒にやってきているので、呼吸がぴったり合う稽古場になるんですね。リーダーに服従するのではなく、リーダーの望みを先取りして提示していくクリエイティブなチームが、毎月のように幕を開ける蜷川演出作品を支えているのでしょう。

 以前、ある制作さんが「“蜷川幸雄”は1つのジャンルだ」とおっしゃっていて、そのことがやっと腑に落ちました。蜷川さんとそのチームが作る演劇は、日本の現代演劇の中に確立された1つのブランドだと思います。
 演劇を志す若い方には、とにかく一度は蜷川演出作品を観て、味わっていただきたいです。「演劇とは何か」を描いた作品でもある『音楽劇 ガラスの仮面』シリーズは、観劇初心者にもお薦めです。舞台は1人で作るものじゃない、大勢の作り手が心を尽くして、観客とともに完成させるものだということが、はっきりわかると思います。

出演:大和田美帆 奥村佳恵 ・ 細田よしひこ 新納慎也 原康義 月川悠貴 岡田正 黒木マリナ 立石凉子 香寿たつき ・ 夏木マリ
花山佳子 妹尾正文 飯田邦博 難波真奈美 新川將人 井面猛志 篠原正志 佐野あい 福田潔 澤魁士 沓沢周一郎 町田正明 多岐川装子 池島優 遠藤瑠美子 森野温子 宮田幸輝 川畑一志 江間みずき 西村篤 周本えりか 隼太 土井睦月子 露敏 深谷美歩 齋藤美穂 横山大地
原作:美内すずえ 脚本:青木豪 演出:蜷川幸雄 音楽:寺嶋民哉 美術:中越司 照明:室伏生大 衣裳:宮本宣子 音響:井上正弘 音楽監督:池上知嘉子 振付:広崎うらん ヘアメイク:佐藤裕子 歌唱指導:泉忠道 演出補:石丸さち子 井上尊晶 演出助手:藤田俊太郎 舞台監督:白石英輔 宣伝美術:阿部剛(Seagull) 写真:大原狩行 宮川舞子 主催・企画・製作:日本テレビ・財団法人埼玉県芸術文化振興財団 協力:白泉社 後援:さいたま市教育委員会 株式会社FM NACK5
一般:S席6,000円、A席4,000円 メンバーズ:S席5,400円、A席3,600円
http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2010/p0811.html
http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2010/glass/index.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
 便利な無料メルマガも発行しております。

メルマガ登録・解除 ID: 0000134861
今、面白い演劇はコレ!年200本観劇人のお薦め舞台
   
バックナンバー powered by まぐまぐトップページへ
Posted by shinobu at 2010年08月13日 17:32 | TrackBack (0)