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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2012年06月09日

intro『ことほぐ』05/31-06/04生活支援型文化施設コンカリーニョ

 introはイトウワカナさんが作・演出される札幌の劇団です。『ことほぐ』は前回公演『言祝ぎ』の姉妹作で、今年9月に東京公演があります。こまばアゴラ劇場のサマーフェスティバル〈汎-PAN-〉参加作品です。上演時間は約1時間40分。

 「CoRich舞台芸術まつり!2012春」審査員として拝見しました(⇒110本中の10本に選出 ⇒応募内容)。※レビューはCoRich舞台芸術!に書きます。下記にも転載しました。

 ずっと行ってみたかったコンカリーニョに初めて伺うことができました。天井の高さもあって、客席を移動させられる自由度の高いブラックボックスでした。いい空間だった~!

 写真↓は劇場の看板です。夜に撮ったので暗いですね、すみません。
20120601_conkari_kanban.JPG

 ⇒CoRich舞台芸術!『ことほぐ

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 2012年夏、お金のない、けれども、すっかり腹の出た妊婦が3人。
 授かりものと言えば聞こえはいいが、腹よりずっと重たいこころ。
 働けど働けどなお、我が暮らし楽にならざり。じっと腹を見る。
 けれどもわたしは、祝福のかたまりなのだ。
 世界中すべてのひとに祝っていただきましょう。
 わたしと君の歩くこの先を。
 あなたたちが歩いてきたここまでを――。

 introの新作演劇公演は、
 “妊娠”という世間的にはおめでたいはずの出来事と、
 先の生活への不安を抱えながら日々を過ごす人々を描くコメディ作品。
 希望と絶望をない交ぜにした、intro流祝福劇。
 ≪ここまで≫

 
 ■“不幸”な妊婦と陽気な仲間たちの夏のファンタジー

 演技スペースをぐるりと囲むように、客席が四方に分散して設置されています。床には円の模様が放射線状に描かれ、灰色に塗られた電信柱、ジャングルジム、バス停の看板などが、中央の円を囲みつつ点在。輪郭のはっきりしない円形劇場ともいえます。昭和歌謡が流れる、メラコンリックでどこか空虚な空間でした。劇場に入るなり期待度アップ。

 舞台は貧困状態にある妊婦3人が同居するアパートの一室、とはいえ壁がなく、玄関の位置も曖昧です。女性3人の閉じられたひ弱なユートピアに、彼女らとゆかりのある男性たちが入り込んできます。会話に若干のまどろっこしさを感じましたが、ある意味のん気な妊婦たちと、彼女らを叱咤激励する男性陣にはそれぞれに憎めない魅力がありました。

 子供ができたことを素直に幸せだと思えない、そして祝福もされない妊婦たちの悲しみ、憤りが、強がり混じりの切実な叫びとして直接セリフで語られる場面もあり、現代日本の若者の疑問や諦念を代弁しているようにも受け取れました。そんな悲壮感が漂う設定に軸を置き続けることなく、余白を多く残しながらコミカルに飛躍させていく演出には、演劇の力を信じて委ねる余裕と意気込みが感じられました。

 北海道の盆踊りは子供の部と大人の部に分かれていて、音楽も振付も違うそうです。このことが当日パンフレットに書かれていたおかげで、作品から伝わる意味がずいぶんと味わい深いものになったと思います。
 作・演出のイトウワカナさんが開演前にCoRich舞台芸術まつり!およびCoRich舞台芸術!の宣伝をしてくださいました。札幌でも公演登録やクチコミが増えて欲しいです。

 写真↓は劇場入り口にあるポスターが張られた看板です。

20120601_kotohogu_kanban.JPG

 ここからネタバレします。

 妻子ある男性との不倫の末に妊娠し、相手に内緒で1人で産んで育てようとしている愛子。DV夫から逃げて、同じく妊娠中の妹えりこと一緒に愛子のアパートに転がり込んだ、わがままで厚かましい人妻さとみ。えりこはアルバイターで、男好きかつ奔放ゆえに誰の子を妊娠したのかがわかりません。愛子、さとみ、えりこの手持ちの全財産は1万円に満たず、さとみのせいで真夏なのに水道も止まってしまいました。ワケあり妊婦の3人は親に頼ることもできず、給料日までの数日間をどうやって乗り切るのか…。

 「大人になればいい会社に入って、年を取るごとに給料が上がって幸せになれると信じていたのに、ずっとアルバイトで薄給で、すっかり騙された!」というえりこの叫びはもっともです。また、「子供ができたこと(=妊娠)は幸せなことのはずで、無条件に祝われるべきだ」という妊婦らの主張は、現代社会に対して根源的な問いを投げかけています。経済的なことや道義的なこと、世間体もありますから難しいとはいえ、本来なら命はそれ自体が祝福されるべきものだと私も思います。でも、どうすればいいの…と悶々と考えました。

 3人と同じく貧困状態にある隣人男性の杉田、愛子の兄でゲイの英一、えりこの雇い主の山下が、彼女らに水や焼き鳥などの現物支給をしながらも、1人で子供を産み育てることの厳しさを突きつけます。立場も考え方も違う人々が集まった部屋は混乱状態になり、さらには妻さとみに暴力を振るう河野も入ってきてヒートアップ。妊婦たちは男たちの姿としてあらわれた“現実”と初めて本気で立ち向かっているようでした。

 はちゃめちゃな騒動が一段落したところで、隣人の杉田以外の男たちは去りました。杉田が持ってきた水と、愛子の部屋にあった白米を入れた電子炊飯ジャーでご飯が炊きあがり、4人がともに一膳ずつ食べます。「食べる」ことは生きることの基本ですから、そこに立ち戻る姿は感動的でもありました。
 ご飯の残り香が漂う中、杉田が去ったところで終演かと思いましたが、そうはならず。盆踊りの音楽が鳴り始め、妊婦らは踊り始めました。きっと大人の部の振付ですね。現実を直視して生きていこうと決めた妊婦らの、子供から大人への成長が示されたように思いました。その踊りの輪はどんどん広がり、地味な色だった照明もカラフルに変わって、男たちも一緒になって出演者全員が祝祭ムード全開で、飛んだり跳ねたり、独自の振付で踊り始めます。お腹の子供も一緒に踊って、すべての命が祝福されているような、とても幸せな時間でした。

 やがて登場人物が1人ずつ、ゆっくりと消えて行き、舞台には愛子だけがたたずみます。他の2人の妊婦も男たちも夏の盆踊りも、何もかもが愛子の夢だったのかもしれない…と解釈できるエンディングでした。考えてみたら愛子は「(私個人のことなんだから他人は)関係ない!」「(母1人での子育ても)やってみなきゃわからない!」と威勢よく頑な態度を取っていました。彼女はとても孤独で、追い詰められていたのでしょう。でも愛子は夢の中で、母となる自分とお腹の子供を精いっぱい祝福し、他者とともに生きる自分の人生を獲得したのだと思います。

 中盤で説得力にかける展開などありましたが、盆踊りと愛子1人のエンディングを観て、そんなことは重要ではないと思えました。例えば3人のお腹は見るからに臨月の大きさだったので、えりこが堂々とあおむけに寝るのには無理があるな~と思っていたのですが(妊婦はお腹が重くて横向きにしか寝られなくなるため)、すべてが柔らかくファンタジーとして昇華されたので、劇中にどんな嘘があってもいいんですよね。
 最後にひとこと。妊婦3人全員が杉田のことを、「彼氏です!」と紹介するはめになったのが可笑しかった(笑)。


 ■おまけ

 終演後に居酒屋さんに連れて行っていただきました。北海道ならでは食材やお料理などを楽しませていただきました。国稀(くにまれ)という地酒も美味しかった♪
20120601_bansan_s.JPG


≪北海道、東京≫
出演:大高一郎、菜摘あかね、のしろゆう子、佐藤剛、宮澤りえ蔵(大悪党スペシャル)、柴田知佳(劇団アトリエ)、加藤智之
脚本・演出:イトウワカナ 照明:相馬寛之 音響:橋本一生(intro/ISSUE) 舞台監督:高橋詳幸(アクトコール) 舞台美術:川崎舞 衣裳:中原奈緒美 ドラマトゥルク:西脇秀之(劇団回帰線) 宣伝イラストレーション:針 宣伝美術:本間いづみ(double fountain) 男子マネージャー:浅野孝幸 女子マネージャー:富樫佐知子 主催:intro 提携:NPO法人コンカリーニョ
【発売日】2012/04/01 札幌公演チケット発売日4月1日予定 前売:2300円 当日:2800円 introつづり券3回:6000円 introつづり券5回:9000円 高校生以下無料
http://intro-sapporo.com/live/#201205

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2012年06月09日 15:32 | TrackBack (0)