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2013年06月17日

劇団チョコレートケーキ『「あの記憶の記録」「熱狂」』03/23-31サンモールスタジオ

 劇団チョコレートケーキは古川健さんが脚本、日澤雄介さんが演出をされる劇団です。『「あの記憶の記録」「熱狂」』は2012年CoRich舞台芸術アワード!第一位を獲得した人気作品。早々と再演されました。

 「CoRich舞台芸術まつり!2013春」審査員として拝見しました(⇒99本中の10本に選出 ⇒応募内容)。※レビューはCoRich舞台芸術!に書きます。下記にも転載します。 

 記録しておきたいツイート⇒

 ⇒CoRich舞台芸術!『「熱狂」「あの記憶の記録」

■何事も多様に見せる演出で観たい

 「熱狂」はヒットラーがドイツで大統領に選ばれるまでのお話。「あの記憶の記録」は1970年のイスラエルを舞台に、ある男が1944年の出来事を語るお話でした。共通の登場人物によって2作品をつなげる工夫もあり、両方観るとより楽しめる公演でした。

 四角いステージをほぼ三方から客席が囲む舞台美術で、舞台中央奥の壁には床から天井にかけて逆L字型に、強制収容所をおもわせる金網と柵が張り巡らされていました。網の中にはがれき、レンガやごみ、くしゃくしゃになった布や、片方だけの革靴もはさまっています。家具やその他の装飾で変化をつけ、同じ舞台美術で2作品をうまく上演されていたと思います。

 私は「熱狂」の方が面白かったです。「あの記憶の記録」は主人公の一人語りに重きを置き過ぎて、歴史教科書のようになってしまっているように感じました。

 Ort-d.d『わが友ヒットラー』のクチコミにも書きましたとおり、同じ題材を扱った団体同士で半券割引や交互トーク出演などの共同企画を実施されました。2作品交互上演だけでも現場は大変だったでしょうに、他団体と協力し合って広報活動をされたことは素晴らしいと思います。

 ここからネタバレします。

■「あの記憶の記録」

 ≪「あの記憶の記録」あらすじ≫ 公式サイトより
 子供たちの成長を見守りながら、平凡に穏やかに暮らす一つの家族
 しかし、父には秘密があった
 戦争を生き抜いた男に刻み込まれている、あの記憶
 1970年、イスラエル、テルアビブ市内
 家族が囲む食卓に語られる、
 「記憶」の物語
 ≪ここまで≫

 家族4人の朝食の場面から始まったのですが、演技から時間帯が体感できず、食事をしているようにも見えず、私はしょっぱなからつまづいてしまったようです。照明の変化だけで場面転換する割に、役者さんの出ハケがもっさりしていました。違う空間にいるはずの人物たちが同時に舞台上にいても気にならないような、スピーディーな演出が欲しかったです。

 強制収容所にいたことを隠してきたイツハクは、息子が母国イスラエルのために兵隊になろうとしていることを知り、再び戦争と対峙せざるを得なくなります。ガス室での死体処理業務の詳細、生きるために死体から金歯を盗んだこと、善い人間は死んで悪い人間は生き残ったことなどを具体的に語らせたのは良かったですが、長いセリフが言葉というより説明に聴こえてしまうことが多かったです。一人語りだけでアウシュビッツで起こったことをヴィヴィッドに伝えるのは、かなり難しいと思いました。あと、「話がある」「聞いてくれ」といったセリフが何度もありましたが、不要だと思います。

 2人登場した母親がいわゆる「家族のためにご飯を作って温かく見守ってくれるいい人」として、終始描かれてしまったことが残念です。夫イツハクが人殺しだったと初めて知るのですから、少なからず衝撃を受けるでしょうし、彼を思いやる優しさだけでなく、疑問や不快感も噴出するのではないでしょうか。男女や夫婦の対比が、戦争と平和の対比であるかのように映るのも、シンプルすぎて物足りなかったです。

 ただ、子供のあるイツハクは過去と対峙し、子供のいないイツハクの兄アロンは過去に蓋をするという対比は効果的だったと思います。イツハクが殺したナチスSS将校ビルクナー(「熱狂」にも登場)について、アロンが「他のSS将校よりいい奴った(味方だった)」と言うことで、兄弟の認識が正反対だったことがわかります。人間の記憶の頼りなさを示し、罪悪感に打ちひしがれたイツハクをさらに絶望的な状況に追いたてるのは、残酷ですが説得力がありました。息子の歴史教師がイツハクの握手に応えなかったのも良かったです。

 言葉にして発せられたことが嬉しくなるようなセリフがありました。イツハクが息子に「生きていることは素晴らしい」「戦場に行くのは義務だから仕方ない。俺の息子なら何をしてでも生き残れ。逃げろ」「イスラエル(国)よりも、お前の命の方が大切だ」と言いきってくれました。私もそう信じています。日本でも、国のために死ぬことを美とする教育が行われ、たくさんの命が奪われました。国とは何なのかを説いた井上ひさしさんの戯曲『兄おとうと』を思い出しました。

 【Ort-d.dとの共同企画】
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■「熱狂」

 ≪「熱狂」あらすじ≫ 公式サイトより
 1924年、
 ある被告人の発言から始まる、小さな政党の物語
 その男は民族の誇りを叫び、国民の権利を叫んだ
 その男は、やがて祖国の民に愛された
 その男は、やがて疲弊した祖国を蘇らせた
 20世紀、最も国民を熱狂させた政治家の、記録
 ≪ここまで≫

 開演10分前には客席がほぼすべて埋まっていました。全席自由だから早めに来場する人が多いのかもしれませんが、それにしても人気があるんだなと思いました。私が観た回は前売り完売で、キャンセル待ちの列ができていました。

 ハーケンクロイツが描かれた垂れ幕を三方の壁に吊りさげて、客席を含む劇場内全体がナチス本部内のようで、観客を当時のドイツ国民と見立てて演説を行うのにも臨場感がありました。照明の切り替え、効果音や音楽の挿入、俳優の出ハケなどの演出がスピーディーで小気味良かったです。

 ナチスやヒットラーを題材にした作品は多くありますが、『熱狂』はヒットラーが大統領に選出されるまでを描いており、演説場面がいいハイライトになっていました。1人の政治家としてのヒットラー像を垣間見ることができました。

 舞台上に実際は登場しないけれどその場に居るはずの人々が、出演者の数よりもずっと多くいるように感じられました。それぐらい舞台背景を描ききれていたのだと思います。ただ、俳優の演技が熱いのか冷めているのか、怒っているのかいないのかといった両極端の2種類に偏りがちだったことは気になりました。もっと繊細で、多彩な表情を見せて欲しいです。

 「ハイル、ヒットラー」と敬礼されるのに応えて、ヒットラー役の西尾友樹さんが右手をユルっと顔の横に持ってきて返礼(?)する仕草が、とても可愛らしくてギャップ萌えしました(笑)。真剣ゆえに可笑しいんです。そもそも大の大人が勢ぞろいして、妙なほど背筋を伸ばし胸を張り、右腕を前方上部にあげたポーズで、同じ言葉を同時に叫ぶこと自体が滑稽なんですよね。仕組まれたかっこ良さの方がクローズ・アップされて、不格好さが鳴りを潜めていたのは少し残念。何事も多様に見せる高次的な演出があると、さらに良いのではないでしょうか。

 ナチスの飛躍的な台頭は、私の中で今年の自民党の圧勝と重なりました。数ある争点を1つだけに絞って「○か×か」を迫り、楽な単純思考へと導く罠に、私たちは簡単にハマります。広報戦略として行われた統制の取れた美しいパフォーマンスに、のせられ、騙されるのが人間なんですよね。「ヒューラー(=ヒットラー)に従ってさえいれば楽」という民衆心理もよくあらわされていたと思います。

 ヒットラーの雑用係になった若者ビルクナーが、語り部として物語の進行をつとめます。終盤に彼が親衛隊に入隊するエピソードがあり、『あの記憶の記録』へと続く構造になっていました。両方観ることの楽しみがちゃんと担保されていました。


『熱狂』出演:西尾友樹 古川健 浅井伸治(以上、劇団チョコレートケーキ) 青木柳葉魚(タテヨコ企画) 佐瀬弘幸(SASENCOMMUM) 島田雅之(DART’S) 竹内健史(東京パチプロデュース) 田村元 吉田テツタ
『あの記憶の記録』出演:岡本篤 浅井伸治(以上、劇団チョコレートケーキ) 亀田梨紗 川田希 竹田りさ 中田暁良(ミームの心臓) 根津茂尚(あひるなんちゃら) 袴塚真実(サルとピストル)
脚本:古川健(劇団チョコレートケーキ) 演出:日澤雄介(劇団チョコレートケーキ) 舞台美術:鎌田朋子 照明:朝日一真(A's light) 音響:佐久間 修一 衣装:藤田 友  舞台監督:本郷剛史 演出部:大谷倫之 山本あんり 山口高靖 宣伝美術: R-design スチール:池村隆司 撮影:河野三郎 Web:ナガヤマドネルケバブ 制作:菅野佐知子(劇団チョコレートケーキ) 企画・製作:劇団チョコレートケーキ
【発売日】2013/02/01 全席自由 前売り\3000 当日\3300 通しチケット¥5000  学割¥2000(高校生¥1000)※要学生証提示 前半割り¥2500(25日までの4ステージ)『親愛なる我が総統』¥500(『熱狂』『あの記憶の記録』のチケット半券提示で無料)  
http://www.geki-choco.com/

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2013年06月17日 19:03 | TrackBack (0)