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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2013年11月16日

SPAC『わが町(再演)』11/16-24静岡芸術劇場

 SPAC・静岡舞台芸術センターの『わが町』再演です。演出は初演と同じく文学座の今井朋彦さん。キャストは一部変わっています。上演時間は約2時間30分(途中休憩を含む)。

 初演は出自の違う俳優がそれぞれの特技を披露していくような、バラバラな印象を受けたんですが、再演は座組み全体に一体感があり、もう何度も観ている『わが町』なのに終盤で涙してしまいました。

 開演前に劇場のすぐ隣のカフェ・シンデレラで芸術総監督の宮城聰さんによる10分程度のトークがありました。早めに劇場に行けば誰でも聴くことができます。

 ⇒CoRich舞台芸術!『わが町

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 ◇第1幕  グローヴァーズ・コーナーズのある一日
 ◇第2幕  恋と結婚
 ◇第3幕  それから9年後…
 アメリカ合衆国の北東部、ニューハンプシャー州の片田舎にグローヴァーズ・コーナーズはある。食料品店とドラッグストアーが一軒ずつ、それでこと足りてしまう小さな町。19世紀の終わり、車が普通に走るようになる少し前の時代にこの町に生まれ、隣同士の家に育った町医者ギブス氏の息子ジョージと、地元新聞の発行人ウェブ氏の娘エミリーは、同じ学校で青春時代を過ごし、やがて結婚する。太陽は変わらず何千回、何万回と東の空にのぼり、星々はこの町に住む人々の生き様、そして死んだ後に眠る土地を見つめ続ける…。
 ≪ここまで≫

 進行役(原文ではStage manager:舞台監督)がお芝居の解説をしていく中、何もない素舞台で、ごく平凡な人々のたわいない日常が描かれます。俳優は白色と生成り色に統一された衣装を着ており、自分の役を演じる時には色のついたスカーフやエプロン、ヘアバンドをしたりして配役を区別します。それをはずすと「誰でもない誰か」になるんですね。「これは演劇です」「これから~~をお見せします」と進行役が観客に語る、劇中劇の構造になっているのは戯曲どおりで、役を演じていない俳優が舞台上に待機して、お芝居を見守っていることも多いです。前半は少々退屈な場面もあったんですが、中盤以降、特に“山の上”の場面は素晴らしかったですね。

 「人は生まれて結婚して、結婚した男女は添い遂げる」のが至極当然のごとく、進行役は語ります。1930年代のアメリカの常識は、2013年の日本では残念ながらそうではなくなっている。そういう気づきも年を経ることに変わっていくんでしょうね。数年置きに観ておきたい戯曲です。

20131116_SPAC_tamotsu_noguchi.jpg
保可南さんと野口俊丞さん

 初演で「野口さんがジョージなら、保さんにエミリーをやって欲しかった」と思っていたら、なんとそれが叶って、お2人がメインキャストをつとめる再演を観ることができました。再会した野口さんと保さんと、初演と同様に記念撮影をさせていただきました。2人とも成長、というよりは成熟されているように思いました。やはり俳優は年を重ねて経験を積むことで、どんどん変化して個性がよりくっきりとしてきて、プロの俳優としての存在感を増していかれるのだなと思いました。

 ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。

 手紙の宛名についてのレベッカ(伊比井香織)のセリフは今回もじーんときました。「…西半球、地球、太陽系、宇宙、神の御心。」

 ジョージとエミリーがお互いがお互いのために生まれてきたのだと気づいた場面。つまり2人が恋人同士になる瞬間は、やはり私にとってはこの戯曲の目玉です。今井演出では、ストロベリークリームソーダ屋さん(牧山祐大=進行役)に入ってイスに座るまでは、周囲の人々に2人を観察させますが、いよいよ2人が話し始めると、俳優全員を舞台からハケさせて、広い広い、なにもない舞台の中央に2人っきりにさせます。ジョージがエミリーに「君が僕の悪いところを指摘してくれて嬉しい」「農業大学に行くのはやめる(君と一緒にいたいから)」と告白をしていきます。ウブなジョージが勇気を出して、少しずつエミリーに心を近づけていくのですが、震える感情がつぶさに見て取れました。

 結婚式が始まるところで新郎新婦が迷いを見せる場面も良かったです。ジョージは母に「結婚なんてしない。なぜ大人にならなきゃいけないの?」と言い出し、母は一瞬動転しますが、すぐにジョージをピシリと叱ります。きょとんとして、または、ほんの一瞬正気を失って、能面のような表情になるジョージ。でもパっと目を覚ましたように正気を取り戻して、凛とした青年に戻ります。『わが町』は色んなバージョンを観てきましたが、この短い場面のジョージの豹変に心から納得できたのは、今回が初めてでした。エミリーも父に「私はずっとお父さんのものだって言ってくれてたじゃない。家に帰りたい!」と言い出します。そこで父はジョージを呼び、エミリーを大切にすると約束させるのです。ジョージが取り乱すエミリーに優しく語り掛け、彼女を抱きしめます。野口さんが背が高くて保さんが背が低いので、野口さんは保さんを頭上からすっかり包み込むような姿勢で、保さんは思い切り背伸びをしていました。若いカップルがギュっとしがみつくように抱きしめ合うのは、恋や愛じゃなく、ただ立ってるために必死といった様子でとっても可愛いらしいです。

 【舞台写真 公式facebookページより】
20131116_SPAC_ourtown_stage.jpg

 2人は勇気を振り絞って結婚し、農場を持って子供も生まれて幸せに暮らしていたのに、2度目の出産がうまくいかず、エミリーと赤ん坊は死んでしまいます。雨の中、エミリーの葬式がしめやかに執り行われるのを、幽霊になったエミリー自身が眺めている墓地の場面は、それまでの幸せな日常が丁寧に描かれていたからこそ、涙を誘います。ずっと泣き崩れているエミリーの母(ウェブ夫人:本多麻紀)がとても良かったです。彼女は子供を2人とも亡くしてしまったんですよね。そして誰もいなくなった墓地に一人残って、地面にひざをついてエミリーの墓を見つめるジョージ。彼の落胆と悲しみが静止した姿勢からよく伝わってきました。これらは下手と中央に広がる墓地とは離れた、上手奥で無言で演じられるのですが、黒い傘で表情などもほぼ見えないのに、とても雄弁でした。

 エミリーは墓地でじっとしていることに我慢できず、自分が子供だった頃の誕生日を再体験しはじめます。白い衣装だったグローバーズコーナーズの人々は、その回想ではカラフルで楽しげな衣装をまとい、エミリーの家の台所の家具にも色が塗られていて、幸福だった日々がもっと幸福であったように思い起こされます。まあ、ここで、泣くよね…観客もね。エミリーは若い母(ウェブ夫人:本多麻紀)が自分に気づかない、時は戻らない、自分は生きている人たちとはかかわれないと気づき、この世に別れを告げます。この「さようなら」と呼びかける場面も素晴らしかったです。エミリーが家族や町の名前を言葉にするごとに、その言葉が意味するものたちが色づき、躍動し、私の心によみがえってきました。

出演:石井萠水(ウォーリ)、いとうめぐみ(ソームス夫人)、伊比井香織(レベッカ)、大内智美(ジョー・クローウェル/サイ・クローエル)、大高浩一(サイモン・スティムスン:教会のオルガン弾き)、大庭裕介(ジョー・ストッダード)、奥野晃士(ギブス)、木内琴子(ギブス夫人)、小長谷勝彦(ウェブ)、すがぽん(ハウイ・ニウサム:牛乳屋)、保可南(エミリー)、野口俊丞(ジョージ)、本多麻紀(ウェブ夫人)、牧山祐大(進行役)、三島景太(ウィラード教授)、横山央(サム・クレイグ)、吉植荘一郎(ワレン巡査)
脚本:ソーントン・ワイルダー 演出:今井朋彦 訳: 森本薫 音楽: 松本泰幸 照明デザイン: 大迫浩二 衣裳デザイン: 竹田徹、堂本教子 舞台美術: 深沢襟 舞台監督: 内野彰子 舞台: 市川一弥、永野雅仁 衣裳: 丹呉真樹子 照明操作: 松村彩香 音響: 山﨑智美 舞台監督助手: 中尾栄治 制作: 中野三希子 支援:平成25年度文化庁劇場・音楽堂等活性化事業 ふじのくに芸術祭共催事業
【休演日】11/18-22 一般4,000円/大学生・専門学校生2,000円/高校生以下1,000円
http://www.spac.or.jp/13_ourtown.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2013年11月16日 22:39 | TrackBack (0)