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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2003年02月26日

新国立劇場演劇『浮標(ブイ)』02/19-03/7新国立劇場 小劇場

 新国立劇場演劇の「現在へ、日本の劇」というシリーズの第2弾。(第1弾は鴻上尚史作・演出『ピルグリム』でした。)
 セリフの一言一言を聞き漏らすまじと必死で耳をそばだてた濃厚な3時間40分(休憩2回、計20分を含む)。涙を拭く余裕なんて全くなかった。お芝居が終わってしばらくは拍手もできないし立つことも出来ませんでした。私にとっては2001年の大人計画『エロスの果て』と、井上ひさし作『夢の裂け目』以来の感動です。

 『浮標』は作者 三好十郎さんの実際の体験を基に書かれた私戯曲で昭和15年(1940年)初演。上演機会が非常に少なく幻の名作とも呼ばれる作品が栗山民也 演出のもと21世紀の東京によみがえります。

 静かに唸り続ける波の音。深い藍色の幕が上がるとそこは浜辺の一軒家。画家の五郎は結核をわずらった妻・美緒の看病をしている。必死の看病もむなしくどんどん悪化していく美緒の病状。そこにお見舞いにやってくる家族や友人等との交流を通して、人が生きるということは一体どういうことなのかを魂のこもった言葉と全身全霊の演技・演出で真正面から描きます。

 島次郎さんによる美術はまるで静物画のように静かで高潔でした。硬い板のような藍色の幕が舞台の上下(かみしも)と奥の3方を閉ざし、その上には劇場の照明機材などが露出しています。ぴしりと閉鎖され奥行きを感じさせない人工的空間にリアルな家と浜辺。風鈴や旗がやわらかくなびいているのが視覚的にとらえられるのですが、風の力は全く感じないんです。

 そんな静寂そのものの舞台から否応無しにほとばしる本物の感情。魂のセリフが怒涛のごとく私の心に降り注ぎました。
 五郎「本質的な絶望のせいで絵が描けないのだ。生きている中心が不確かになっている。一番大切なものを信頼できなくなっている。」
 美緒「ねえ、あのね、神様はあるの?」「理屈はいらない。本当のことを一言で言って。」
 五郎「俺たちはいつ何時も、のっぴきならない崖っぷちにいる。」
 赤井「(戦場に)行くと決まったときから頭の中が子供みたいになっちゃった。」

 全ての俳優が型を演じるとかキャラを作り出すのではなく、本当にその役として舞台に立っていた。見せ方を巧みに編み出すのではなく、あるがままの脚本の力をそのままに伝えたいというまっすぐな心が舞台から感じられました。たたずまいがそのままその芝居である。家も浜辺も、人も音も。役者の細かな所作や表情にまで栗山民也さんの演出が冴え渡ります。

 カーテンコールでは役者全員が舞台に正座・起立して並んでいました。オレンジと青の明かりが薄暗く役者の顔や装置を照らし、それもまた静止画、1枚の写真。そしてそれを静かに見守る劇場。観客も絵の一部になったようでした。

 初日が明けた後、出演者の方とお話が出来る幸運に恵まれました。「このお芝居に参加しているみんながこのお芝居を心から好きで、一人一人がこのお芝居のために全力を尽くしています。」

 戦時中の日本で生まれた奇跡の戯曲の重厚かつ崇高な舞台化。この「浮標」という作品を創り上げるために心をひとつにした人間の営み。必見です。(土日のチケットはZ席以外完売だそうです。3月の平日A席はまだ残席あり。)

出演:生瀬勝久 七瀬なつみ 佐々木愛 長谷川稀世 北村有起哉 大鷹明良 石田圭祐 須賀佐代子 吉村直 浅野雅博 花村さやか 小林麻子 永幡洋 大津尋葵 山中麻由 下里翔子
作 :三好十郎  演出 :栗山民也  美術 :島次郎  照明 :勝柴次朗  音響 :斉藤美佐男  衣裳 :宮本宣子  方言指導 :大原穣子  演出助手 :豊田めぐみ  舞台監督 :加藤高
A席5,250円 B席3,150円
新国立劇場

Posted by shinobu at 2003年02月26日 20:54