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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年05月08日

新国立劇場演劇『THE OTHER SIDE/線のむこう側』04/12-28新国立劇場 小劇場

 アリエル・ドーフマンさんが新国立劇場のために書き下ろした新作の世界初演です。
 チリ人が書いた脚本を、韓国人が演出し、日本人が演じます。こんなことが実現していること自体、奇跡と呼べるのではないでしょうか。
 珠玉の3人芝居。涙が止まらなくなるシーンがありました。
 ⇒舞台写真

 舞台は、戦争中の2つの国の間の国境近くにある、ぼろぼろの小屋。家を出ていった息子を想いながら戦争が終わるのを待っている老夫婦は、爆弾で死んだ人々の死体を管理して生計を立てている。ある時、とうとう二国間で和平条約が結ばれた。大喜びする二人の前に若い国境警備員の男が現れ、新しい国境が老夫婦の家のど真ん中を通ることを伝えた・・・。

 オープニングの岸田今日子さん(レヴァーナ)と品川徹さん(アトム)とのベッドシーンで、もう泣けて来てしまいました。子供がいない(失踪している)老夫婦が戦場で生きていることを確かめる方法は、食べることと肌を合わせること。そのベッドの真ん中を国境線が通ることになるのはとても滑稽で象徴的です。

 嬉しいハプニングのように始まった3人そろっての食事のシーンで、涙が搾り出され止まらなくなりました。
 国境警備員の食事の前のお祈りは「全ての食事は奇跡です!」という一言。
 食べるということは、国が違おうが人種が違おうが、戦時だろうが平時だろうが、人間が生まれた時から変わらないことです。

 老夫婦の過去には実は表ざたに出来ない犯罪があったこと、息子は自分のルーツを調べるために家を飛び出したことなど、3人のしっちゃかめっちゃかの可笑しなやり取りの中から複雑な事実が見えてきます。そして、国境警備員は果たして本当にレヴァーナとアトムの息子だったのかどうかも謎のままでした。この世界で起こっている問題への回答や解決策は決して一つだけではなく、でもその複雑さの上に人は生きていて、笑っているんだなと感じました。

 重いテーマをたくさん背負っているのに、とても笑いの多い作品でした。国境警備員役の千葉哲也さんのおかげですね。私にはその笑い自体が感動でした。このお芝居を作った人と観ている人とが一緒に笑っているこの劇場こそが、平和そのものだと感じられたからです。

 終演後、舞台つらに沢山のお客様が集まってきました。壁が崩れて最後に現れた広大な墓地のセットや、屋台崩しの仕掛けを見るためでしょう。それにしても人数がとても多かった。戦争をテーマにしたものすごい悲劇作品を観たというのに、そういう好奇心が素直に行動に出るのは、この作品と観客の距離がすごく近かったからだと思います。不思議な爽快感がありました。

 今公演のパンフレットのドーフマンさんの文章を、ここに少し引用させていただきます。このパンフレットにはあの3人の食事シーンの稽古場写真も掲載されていて、私の宝物になりました。

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 作品の舞台は、半永久的に戦争を続けてきた二つの国の間の国境です。共鳴するテーマは、愛と破滅、移住と定住、行方不明の子供たちと忘れ去られた親、犠牲者と征服者、記憶と和解。これらは、みなさんの国の歴史、私の歴史、そして私たちの輝かしくも哀しい地球上にあるほとんどの国の歴史に刻まれてきたテーマです。コントロールできない力によって行き場を失った人々、厳しく、悲劇的でさえある状況の中で自分たちのアイデンティティと救いを捜し求める人々が増え続けている現代、この特別な時だからこそ、アトムとレヴァーナ、そして彼らを訪れた客を描いたこの物語が生まれたのです。

 日本は、現在ではごくわずかな国がそうであるように、戦争の意味と、自分たちの息子や娘を失うことが母や父にとってどれほど辛いものかを知っています。

 日本は、現在においても過去においてもごくわずかな国がそうであるように、侵略することの意味と侵略されることの意味、襲撃することの意味と襲撃されることの意味を知っています。

 日本は、どんな戦争においても、誰よりも被害を受け苦しむのは誰よりも平和的な人々であることを知っています。

 これらのジレンマに対する日本の人々の黙想から生まれた芸術は、日本の人々が国境を越えてすべての人間に与えてくれたもっとも素晴らしい贈りものの一つです。

 THE OTHER SIDEを、共通した人間性の探求という贈りものとして皆さんとともに人類に向けて捧げること、それが私の今の願いです。

 2004年4月 アリエル・ドーフマン 
 (パンフレットp.2より抜粋)
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 新国立劇場 芸術監督の栗山民也さんは、9・11の2ヵ月後の朝日新聞に載ったドーフマンさんのエッセイとインタビューを読んで、執筆依頼の手紙を書かれたそうです。下記にその記事の抜粋をパンフレットより引用させていただきます。

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 「ニューヨークの現場で『米国は世界に尽くしているのに、なぜこんな仕打ちを受けるの』と泣き叫んだ女性の声が耳に残っている」という質問者にドーフマンは答えている。「米国が嫌われる理由は、まさにその疑問の中にある。米国が何をしてきたかを、彼女は知らないのだ。チリの人々に聞いてほしい。米国はチリに干渉し、ピノチェトのクーデターを助け、選挙で民主的に選ばれたアジェンデ大統領を倒させた。ピノチェトは、合法的にはできないことを暴力でやったテロリストだった。米国はテロと戦うというが、ニカラグアでテロリストを武装させ、エルサルバドルのテロリスト政府を助けたのも米国だ。強者は忘れるが、敗者は忘れない。」
 (パンフレットp.25より抜粋)
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作:アリエル・ドーフマン 翻訳:水谷八也 演出:ソン・ジンチェク
出演:岸田今日子 品川徹 千葉哲也
美術:堀尾幸男 照明:服部基 音響:高橋巖 衣裳:前田文子 ヘアメイク:林祐子 演出助手:川畑秀樹 舞台監督:田中伸幸
新国立劇場 : http://www.nntt.jac.go.jp/

Posted by shinobu at 2004年05月08日 23:44