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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年05月23日

ひょうご舞台芸術『曲がり角の向こうには』05/22-30紀伊国屋ホール

 見逃さないようにしているひょうご舞台芸術の第29回公演です。
 40代半ばを過ぎた立派な大人の夫婦たちの、ある一晩のパーティーのお話。作家のジョアンナ・マレー=スミスさんはオーストラリアの女流作家。お話の舞台はアメリカの高級住宅街、かな。
 ものすごい大人向けのお芝居でした。

 原題“RAPTURE”の日本語直訳は「陶然(とうぜん。うっとり酔いしれる意。)」です。日本語で全く新しいタイトルがつけられています。英語をカタカナ読みしてそのままタイトルにしちゃう映画界の状態をとても寂しく思っている私にとって、すごく嬉しかったです。しかも作品にぴったりでした。

 「曲がり角を曲がったら、家が燃えていた。」
 火事で家をなくしてしまった大金持ちの夫婦ハリー(石田圭祐)&ヘニー(高田聖子)が、失踪してから7ヶ月後に初めて親友の家に現れた。すっかり変わってしまった二人に幼馴染みたちは驚くばかりか、自分達の人生についても大きな変化をせまられることになり・・・。

 最初はスノッブな金持ちビジネスマン(というかセレブ?)たちの虚飾の世界に辟易させられるばかりで、このままこれが続いたらどうしよう・・・と不安になっていたのですが、突然にそんなのは吹っ飛びました。まどろっこしい状態から一転、めちゃくちゃ率直でハプニングいっぱいのお話になり、問題の夫婦が出てきてからは耳ダンボでセリフに聞き入りました。

 「立ち止まって、考えてみることだ」というセリフがありました。最近、この意味の言葉をよく耳にします。私も今の自分の仕事、生活すなわち人生について、何もかも静止させて一度考えなければと思うのですが、なかなか難しいんです。何か心にひっかかることがあってもそれに蓋をして、忙しさにかまけて楽観的に通り過ぎることがよくあります。そうでないと確かに現状は困難になりますからね。でも、我が家が全焼するというハプニングが起きたせいでハリーとヘニーにはいやおうなく転機が訪れ、二人は何らかの愛の境地に足を踏み入れたのです。そしてむき出しの真実に触れた二人は、親友だった人々にお別れを言いにやってきます。

 私は、嘘ってすごく大切だと思うのです。「嘘も100回言えば真実になる」というのは間違っていると思いますが、「嘘はバレなければ嘘ではない」ということには共感します。つまり「秘密」ですね。小説家トム(山路和弘)の美しい妻イヴ(剣幸)と、売れないドキュメンタリー映像作家ジェーン(富沢亜古)の夫ダン(磯部勉)が、実は不倫の仲だということは決してバラす必要のなかったことだと思うのです。だけれど人間の生命の真実に触れた(と思った)二人が現れたその場では、何も隠すことが出来なくなってしまった。私はその“愛(のようなもの)”に気づいた二人にとても共鳴したのですが、親友だと信じて疑わなかった6人の人間関係が明らかに壊れるのを、簡単には受け入れられない気持ちでした。
 そう感じられるように演出される鵜山さんって、素敵だなーと思います。決して2人を正義の味方のようにはしないで、何かしらの違和感を残しつつ、虚飾にも気づかせていきます。ある環境・状況を多様に見せていく手腕に安心します。

 親友6人組の“真実”が暴かれていくに従って、おしゃれで高級そうなペントハウスの大黒柱が消えてなくなり、スタイリッシュで完璧だった空間に大きな風穴が空いていきます。最後にはきれいな窓もはずれて背景さえも落ち去って、真っ白な壁が現れます。
 音楽もかなりキバツな使い方でした。誰かが現れたり、何かが起こったりするところで効果音のように短い音楽が流れたり、雷が鳴り響いたり。“マカレナ”がエンディングで流れるのも狙いがすごいと思います。

 山路和弘さん。もっとも虚飾の世界に依存している有名小説家のトム役。傲慢で強情な男が、情けなくて可哀想になっていくのを、愛らしくコミカルに見せてくださいました。山路さんが一人で悪役を買って出てくれていて良かったと思います。本当にイヤな男なので(笑)他の人だったらイライラしちゃってたかもしれません。
 石田圭祐さん。アメリカで最も多く家を売った不動産屋なのに、自分の豪邸を火事で失ったハリー役。気づきを得た中年男性の本当の気持ちがあまりにスムーズに私の心に入ってくるので、ちょっとびっくりしました。石田さんってすごい俳優さんだと改めて感じました。
 高田聖子さん。ハリーの妻で、自分のテレビ番組を持つほど有名な、食の「スタイル」を売りにする料理家役。ひょうご舞台芸術が上演するウェルメイドな翻訳劇に劇団☆新感線の看板女優さんが出演すること自体が面白いのですが、高田さんの個性を生かした笑いを誘う演技で、簡単に一方向に進ませずに多面的な見方ができるシーンを作ってくださいました。

作:ジョアンナ・マレー=スミス 翻訳:平川大作 演出:鵜山仁
出演:剣 幸 磯部 勉 富沢亜古 山路和弘 高田聖子 石田圭祐
美術:倉本政典 照明:勝柴次朗 衣裳:黒須はな子 音響:長野朋美 ヘアメイク:林裕子 写真:落合高仁 宣伝美術:坂本拓也 宣伝写真:サト・ノリユキ 演出助手:山田ゆか 舞台監督:北条孝 コーディネーター:マーチン・ネイラー 制作:相場未江 プロデューサー:三崎力(芸術文化センター推進室) 芸術顧問:山崎正和
RUP:http://www.rup.co.jp/
紀伊国屋書店内:http://www.kinokuniya.co.jp/05f/d_01/hall/hall02.html

Posted by shinobu at 2004年05月23日 19:43