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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2005年01月26日

フジテレビジョン『歩兵の本領 soldier's mind』01/21-02/06紀伊國屋サザンシアター

 浅田次郎さんの自伝的小説『歩兵の本領』をウォーキングスタッフの和田憲明さんが脚本化、演出は杉田成道さんです。主演は窪塚俊介さん。他にもテレビや映画でご活躍の役者さんが揃っており、紅一点の水川あさみさんは初舞台、という企画です。

 予想していたよりもかなり面白かったです。やはり脚本が良いのは重要ですね。演出がシンプルでわかりやすく、爽やかでした。

 原作本をロビーで購入し、帰り道にぱらぱらと見てみたら、かなり書き換えられていることがわかりました。読み比べると面白いと思います。
 ※これより以下、「 」内の文章は原作よりの引用、もしくは劇中のセリフです。

 いきなり巨大な日の丸がバサッと降りてきて緞帳のように舞台を飾り、軍服姿のパク・トンハさんが登場したかと思うと、ミュージカル俳優ならではの美しい声で君が代斉唱・・・ショッキングなオープニングでした。

 1970年に自衛隊に志願して入隊した渡辺(窪塚俊介)が、任期を終えて除隊するまでの自衛隊の中での生活を描きます。ずらりと並んだ軍服姿の若人たちにひるみました。突然くりひろげられる軍隊の日常。1年、2年と経っていき、だんだんと若者達が自衛隊の生活に慣れていく姿を見ながら、観客も徐々にその世界を受け入れていきます。
 浅田次郎さんご自身の経験に基づく内容だからでしょう、素直にリアルに感じられました。自衛隊ってなんだかんだ言われていても本質的に軍隊なんですね、やっていることは。 

 自衛隊は英語ではThe Self-Defense Forces。特殊な存在ですよね。1970年代の日本は高度成長期真っ盛り、学生紛争などもあって自衛隊にとっては“受難の時代”でした。今50代の方の青春時代になるのかな。
 佐々木(高橋一生)「軍隊といえば他の国ならまだましだっただろうに、この国では名誉も誇りもなかった。」

 この作品から私が大きく感じ取ったのは、2つの“対話”です。命がけの、真のコミュニケーションというのかな。パンフレットには“友情”とも書いてありました。(ここからネタバレします)

 1つは老人と若者との対話です。特攻隊の生き残りである川原准尉(花王おさむ)が、かぼそい声で『若鷲の歌』を歌うシーン。桜吹雪がさらさらと舞い落ちる中、歌を歌う年老いた軍人の背中を見ながら、和田(的場浩司)が真摯な気持ちで敬礼をします。
 「川原准尉の小さな体は、少年飛行兵のまま成長を止めたのだと思った。その夜、私はこの世で最も気の毒な、最も救いがたい、どんな念仏にも祈りの言葉にも成仏することのできない幽霊を、この目で見た。
 それは勝手に戦をして、勝手に負けて、その理不尽なツケを私たちの世代にそっくり押し被せた軍人のなれの果てにはちがいなかった。だが少なくとも彼は、サラリーマンのような身なりで通勤はせず、サムライを気取ろうとはせず、おのれの居場所を求めながら、勲(いさおし)なき軍隊の中をさまよう、翼をもがれた若鷲だった。」(原作より引用。渡辺の独白として使われていました。)

 “戦争”が、できるだけ思い出したくない暗い過去となってしまっている現代の日本において(実は今って戦争中かもしれないですが)、私を含む現代の若者は、戦争に行った先人達のことをほぼ無意識に切り離してしまいがちです。それを、この作品が引き合わせ、繋いでくれました。戦争は良くないです。軍隊なんて必要ないならない方がいい。それは当然です。でも、明治、大正、昭和の時代に生きた若者は、恋人を、家族を、国を守るために命を捨てて戦ってくれたのです。彼らが居たことを、彼らのおかげで今、私たちが在ることを、決して忘れてはならないし、それはこれからの未来へもずっとずっと繋っていくことなのです。
 私の祖父は徴兵されて満州に出兵したのですが、運良く生きて帰って来られたので、私は今ここにいます。その祖父も数年前に亡くなったため、私は家族で戦争を実際に体験した人の話を聞くことがなくなりました。自分から進んで、先祖との対話のチャンスを求めていかなければいけないと思います。

 2つ目は、目の前に居る身近な人との対話です。「いつか絶対に殺してやる」と、和田のことをずっと憎んできた渡辺ですが、いざナイフで殺し合うというチャンスがやってきても、彼にはできなかった。
 渡辺「本当に、本当に、人を殺すのは難しいです。不意を突くのがいいですね。」
 和田「そいつが一番難しい。」
 得体の知れない化け物を倒すなら、不意打ちが得策かもしれません。でもいったん知り合いになってしまうと、寝込みを襲うのも難しい。(原作とはかなり変わっている部分です)
 除隊すると決心した渡辺に、和田が決闘をいどむクライマックス。殴りあう二人を見て、涙がぽろぽろこぼれました。和田が渡辺を大切に思う気持ち、渡辺が和田を慕う気持ちの双方がぶつかり合い、重なり合い、やがて柔らかく溶け合って、体は傷つけ合ってぼろぼろになっているのだけれど、2人は輝きます。
 人間のコミュニケーションって色んな方法があって、本気の殴り合いもその中の一つなんですよね。ラッパ屋『裸でスキップ』で「バカヤロウ!」と罵り合う兄弟の姿とダブりました。

 佐々木(高橋一生)が高校時代の彼女・マミ(水川あさみ)に会いに行くシーンで、心に残ったセリフがありました。佐々木は、なぜ自分が大学受験に失敗した直後に自衛隊に入隊することを選んだのかを、自問自答します。
 「(大学受験に失敗して、浪人をして)何者でもない自分が、マミとそれなりに幸せになってしまうことがいやだったのだ。」(このセリフは原作にはありませんでした)
 凛としていて素敵だなと思いました。この真面目さって、今の若者にはない気がします。私にもないかも。
 あと、高橋さんは“電話ボックスに入って電話を掛ける”というマイムがめちゃくちゃ上手かったです。

 的場浩司さん。主人公(窪塚俊介)の宿敵、和田役。めちゃくちゃかっこ良かったです。本当に軍人でした。殴ったり蹴ったりのアクションも腰が据わっていて非常に安定しています。柔道をやってらしたそうですね、さすが!こういう男に惚れたいな~。惚れたいって願望になってる時点でムリですが(笑)。
 
 高橋一生さん。大学受験に失敗して自衛隊に入った佐々木役。言葉がはっきりしていて、演技も本当にお上手です。ハンサムで清廉潔白な好青年♪ただ、テレたように笑う時の表情と声が、ちょっとくずれ過ぎじゃないかな。突然山中たかシさんみたいに(笑)、つまりべったりと扉座っぽくなっちゃうんですよね。美形一直線も狙っていただけると嬉しいです。

 窪塚俊介さん。主人公の渡辺役。これが初舞台だそうで。ちょっとフラフラしてる感がありましたが、輝いてました。やっぱりお兄様に似てらっしゃいますね。

 ※劇場へのエレベーターでSMAPの草なぎ剛さんと一緒でした。ビビった。ほんとに。私にとって草なぎさんが主演した『蒲田行進曲』(初演)が、観劇人生を運命付けた作品ですので、本当に勝手なことなのですが、私の人生を変えた張本人に出くわした気分でした(笑)。

原作:浅田次郎「歩兵の本領」(講談社刊) 脚本:和田憲明 演出:杉田成道 企画:大多亮 プロデュース:岡村俊一
出演:窪塚俊介 高橋一生 森本亮治 水川あさみ 花王おさむ こぐれ修 武田義晴 友部康志 橋爪遼 荻野貴匡 パク・トンハ 的場浩司
主催:フジテレビジョン 企画製作:フジテレビドラマ制作センター アール・ユー・ピー
RUP内:http://www.rup.co.jp/200411hohei/index.html

Posted by shinobu at 2005年01月26日 01:54 | TrackBack (1)