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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2005年05月16日

Shizuoka春の芸術祭2005・Ort-d.d『エレクトラ』05/14, 15静岡舞台芸術公園 稽古場棟 BOXシアター

 エウリピデスの戯曲『エレクトラ』を題材にした、女、男、母が登場する3人芝居でした。最近の『エレクトラ』は、去年の朝日舞台芸術賞グランプリを受賞した『喪服の似合うエレクトラ』がありましたね。
 およそ2500年前に書かれた戯曲中の登場人物であるエレクトラが、彼女が見ている夢の中から観客(=現代を生きる私たち)に語りかける55分間でした。プログラムに書かれた演出家の文章はこちら(日々の記録 2005/5/16)。

 『エレクトラ』のストーリーは、母親が情夫と組んで父のアガメムノン王を暗殺し、その娘エレクトラと弟のオレステスが二人に復讐するといものです。3人の登場人物について、女(寺内亜矢子)はエレクトラ、男(山内健司)はエレクトラの弟のオレステス、母(三橋麻子)は2人の実の母親のクリテムネストラともなりますが、あくまでも男と女、親と子という人類全体を象徴する存在でもありました

 BOXシアターは四角い箱型の空間でした。もともとは完全なフリースペースなのでしょう、客席は4段ぐらいのひな段で、椅子はなく、観客はたたみが敷いてある板の上にそのまま座ります。上演時間が短かったのでお尻はつらくはなかったです。
 私は最前列中央に座ったのですが、私の足が着いている床がそのまま舞台スペースへとつながっており、大きさが約四畳半で、目算で高さ15cmぐらいのステージが目の前にあります。金属製の黒っぽい格子状の壁と、紙が貼られていない障子がステージを囲み、その座敷牢の中には、和ダンスや糸車などの和風の小物達と一緒に、赤いドレスの女が横たわっていました。

 全体で3幕まである作品で、赤いドレスの女以外には燕尾服の男、派手な花柄のドレスの女(母)が登場します。声量や声色、セリフの語り口の変容を駆使するOrt-d.dならではの演技の手法により、言葉の意味に沿ったセリフはもちろんのこと、シュールで皮肉っぽい笑いや、耳の後ろが少しヒヤっとするぐらいの、ちょうど良い恐怖が俳優の発する言葉の中に織り込まれて、一瞬たりとも退屈しない対話が味わえました。

 燕尾服の男が、天井に届くぐらいの高さの場所に開けられた(ように見える)、舞台奥の壁の丸い穴から、客席に向かって政治家のように演説するのが滑稽でした。男はオレステスでもありますが、男全体を象徴する存在でもあります。演説の最後に「エレクトラとオレステスは、父の敵である母と情夫を殺した。そして自らが、母と情夫の間に生まれた子供の敵となった」という意味のセリフがありました。今や私たちにとって身近なトピックとなっている戦争やテロは、まさにその繰り返しだと思います。

 「復讐を果たし、家族はことごとく死んで、自分だけが生き残ってしまった」エレクトラが、観客に向かって最後に言うのが「私は待っています」というセリフでした(セリフは完全に正確ではありません)。全能の神ゼウスの子孫である我々は、エレクトラの時代以前から不貞、裏切り、人殺しなどの悪事を繰り返し、今まで生きてきました。もう十分だ、もうたくさんだと思うほどの罪を重ねてきながら、またそれを忘れて同じ事を繰り返している私たちを、エレクトラは遠い昔の真っ暗闇の中から見つめ、私たちがいつか気づき、変わることを待ち続けています。彼女は忘却の彼方に葬り去られながらも、決して消えない私たち自身の罪であり、祖先(すなわち私たち自身)でもあるように思いました。

 照明と美術との競演が見事でした。完全暗転から明転する際、真っ暗闇の中からボーっと舞台や人影が見えるようになるまでの長い無音の暗闇を体感することで、瞬時に幻想世界へと入っていくことができます。
 舞台上に置いてある糸車や、キャスター付きワゴンテーブルに小さな電球が仕込まれており、大掛かりな舞台転換の間も美しい劇場空間が保たれていました。特にワゴンは燕尾服の男が上手奥から下手へと転がしていくので、光が座敷牢の格子に当たり、劇場の壁に映った格子の影が、歩く男と足並みをそろえてぐるりと動いていくのがかっこ良かったです。

 Ort-d.dは、その作品世界を作り上げるキャスト・スタッフの総合的な力が優れていると思います。誰がいいとか、どこがいいとかではなく、一人一人、ひとつひとつが作品全体を作り上げる必要不可欠な要素として存在し、またその役割を役割以上に果たしていると思います。

 ブラックボックス(真っ暗の箱)用の演出なので、東京で上演できるかどうかはわからないそうです。ぜひともよい場所を見つけて再演してもらいたいですね。

 東静岡小旅行レポートはこちら

Shizuoka春の芸術祭2005〈ギリシア悲劇連続上演〉参加公演
原作:エウリピデス  構成・演出:倉迫康史
出演:寺内亜矢子(ク・ナウカ) 三橋麻子 山内健司(青年団)
衣装・美術:ROCCA WORKS 照明:木藤歩 舞台監督:弘光哲也
Shizuoka春の芸術祭2005:http://www.spac.or.jp/news/spring2005/index.htm
オルト・ディー・ディー:http://ort.m78.com/

Posted by shinobu at 2005年05月16日 17:18 | TrackBack (0)