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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2005年06月01日

tpt『アントン・チェーホフ 桜の園 喜劇四幕』05/21-06/08ベニサン・ピット

 木内宏昌さんの新訳と熊林弘高さんの演出のチェーホフは、『四幕喜劇 かもめ』以来です。
 いや~面白かった!何度となく拝見している『桜の園』ですが、ものすごく身近で、まるで私の友達が目の前に居るような気持ちになりました。演出も良かったですが、脚本を新たに書きなおしているのも大きな要因なのかしら・・・。パンフレット(1,000円)に脚本が全て掲載されています。

 この作品をこれから観に行かれる方で『桜の園』をご存じない方は、原作を読まれるか、ある程度のあらすじと登場人物の相関関係ぐらいは知っておく方が良いと思います。岩波文庫の小野理子訳版『桜の園』のあらすじがこちらで簡単に読めます。印象はかなり違いますが・・・。

 私がこれまでにチェーホフの『桜の園』を観た時は、「こういう時代もあったよな」としみじみと昔を振り返ったり、愚かだけれど可愛らしい登場人物たちに親しみを感じ、愛でながら、あくまでもその物語を外側から眺めている状態でした。しかしながら今回は、あるお話を受身で聞き続けるのではなく、話の中で起こる出来事に私の今の生活を当てはめたり、その登場人物たちの中に私や私の知っている人を見つけたり、まるでラネーフスカヤもトロフィーモフも、誰もが今生きている私達と同じだと感じられるような状態でした。つまり現代を舞台にした群像劇のように観ていました。

 チラシのキャッチコピー「サヨウナラ、昨日。コンニチハ、明日。」にありますように、『桜の園』は財産を失って一家離散してしまう不幸な家族の話でもありますが、最後に屋敷を発つ時、彼等は希望に満ちた未来へと一歩進んだのです。その後の彼等の人生が幸せなものになったのかどうかは誰にも分かりません。それは私達と同じですよね。

 ここからネタバレします。

 まず美術(グレタ・クネオ)が素晴らしかったです。劇場内では幕は使われておらず、ベニサン・ピットの壁がそのまま露出している状態です。なので黒い壁につつまれた黒い空間がベースになっています。客席の方に大きくせり出した四角いステージの床は透明のパネルでできていて、よく見るとその下には黒い土が敷き詰められています。ステージは奥行きを深くとっており、舞台のちょうどド真ん中に劇場にもともとある柱が立っている状態で、床は透明のパネルがそのまま一番奥まで続いています。
 せり立したステージの四隅に、長さ(高さ)がそれぞれに違う鉄の柱がそびえており、舞台のほぼ中央部分には金色の豪華な額縁がアーチのように架かっています。中世と現代が同居するイメージです。
 アーチの奥は客席から少し遠いし、暗くてはっきりとは見えないのですが、とても細い金属製の棒が十数本、それぞれに斜めに傾いたりしながら舞台に突き刺さっています。長さ(高さ)はみな同じで、人の腰あたりまであります。それが遠くに広がる桜の園にも見えました。

 衣裳は『四幕喜劇 かもめ』の時と同様、白と黒のモノトーンに統一されているように見せかけて、実は濃紺をポイントに使っていました。前半では白熱灯やろうそくの炎の色の照明が使われているのですが、ロパーヒンが桜の園を競り落とした時から、青白い蛍光灯の色へと変わるのです。舞台奥の棒が実は蛍光灯だったのだということもその時にわかります。舞台の前後を分ける可動式の壁の色が黒から濃紺になったり、黒に見えていたアーニャのベストが濃紺になったり、それまで金色に見えていた椅子が銀色になったり、彼等の世界が瞬時にして変わったことをとても美しく効果的に表していました。
 貧乏学生のトロフィーモフ(斎藤歩)の衣裳が、たった一人だけジーンズの上下だったのも良かったです。最後に彼に付いて行く次女のアーニャ(石橋けい)も、ドレスからジーンズとニットに着替えて出て行きます。
 このカップルはすごく面白かったですね。トロフィーモフはただのインテリというよりは、まるで新興宗教の信者みたいでした。「僕等は恋愛を超越しているんだ!」と言うのがものすごく板についていて、アーニャを口説くのもまるで洗脳していく過程のようでした(笑)。でも、若い頃ってこうですよね。私自身のことですが、今から10年以上前に必死で劇団の活動をしていた頃を思うと、彼らと全く変わらないと思います。

 第3幕で、商人のロパーヒン(千葉哲也)が桜の園を競り落とし、女主人のラネーフスカヤ(佐藤オリエ)が泣き崩れるシーンが素晴らしかったですね。「俺がこの桜の園を買ったんだ!」と息を上げてパーティーに集まる皆に宣言しながら、今度はラネーフスカヤに近づき、彼女を抱きしめて、自分も涙を流しながら「こんなこと、早く終わってくれ。こんな行き違いだあらけの不幸せな生活、早く変わってしまえ。」と言うのです。私も涙が搾り出されました。 

 他にもたくさん、細かいところで共感したり、新しく発見したりすることがありました。100年前から使われている本棚が重要なメタファとして使われていましたね。演劇評論家の長谷部浩さんもこちらで書かれています。

 このカンパニーのスタッフは舞台監督と振付担当の方を除いて全員が『かもめ』の時と同じですね。キャストも佐藤オリエさん、中嶋しゅうさん、中川安奈さんが引き続き出演されていますし、他の役者さんもtpt常連が揃っています。同じチームで連続して創作していらっしゃるんですね。これからもすごく楽しみです。

 普通のレジャーと比べると当然ながら少し高いですが、演劇作品のクオリティーとして一般6,300円は高くないと思います。学生3,150円って・・・安いです!うらやましいっ。金額は2倍かもしれないけど、映画に行くよりtptに行く方がいいと思うな、私は。

出演:佐藤オリエ 中川安奈 石橋けい 千葉哲也 山本亨 斎藤歩 小山萌子 板垣桃子 矢内文章 由地慶伍 中嶋しゅう 真那胡敬二 二瓶鮫一
作:アントン・チェーホフ 訳:new version木内宏昌 演出:熊林弘高 美術:グレタ・クネオ 照明:笠原俊幸 衣裳:原まさみ 音響:長野朋美 舞台監督:鈴木政憲
一般6,300円/学生3,150円
tpt:http://www.tpt.co.jp/

Posted by shinobu at 2005年06月01日 00:57 | TrackBack (0)