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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年04月15日

tpt『アントン・チェーホフ四幕喜劇 かもめ』03/25-4/11ベニサン・ピット

 木内宏昌さん(劇団青空美人 主宰)が新たに脚色した(違いはわかりませんでしたが)脚本を使って、熊林弘高さんが演出するtptの『かもめ』です。なにしろチェーホフの『かもめ』ですから期待も高まるわけで。
 残念ながら私は面白みを感じられませんでした。

 私は『かもめ』という世紀の大傑作をちょっぴり趣向を変えてやるなんて、必要ないと思います。誰が何度やっても新しい『かもめ』になるのですから、奇をてらうことはないのです。どうせ実験的にやるならク・ナウカ・プロデュース『かもめ第2章』ぐらい大胆にやらないと。アイデア勝負に持ち込むなんて危険だと思います。勇気があるとも言えますが、tptでこの座組みでやるネタではないと思います。

 まず、舞台が真っ黒でした。つやのあるピカピカの床に客席が組まれて、そのまま舞台とつながるイメージで同じく真っ黒な舞台面、壁、ドア、幕。そこに赤い豪華なカーテンと上から吊られる同じく赤い布が鮮やかです。美術を担当されたグレタ・クネオさんが「漆黒の舞台」とパンフレットで書かれていましたが、シンプルというよりは安直ではないかと思います。さまざまな黒(ぴかぴかの黒、シックな黒、木の黒など)を多用していると言えど、黒であることには変わりないです。それほどバリエーションがあるようには感じられませんでした。

 舞台奥の中央に透明の壁とドアで中が丸見えのトレープレフ(藤沢大悟)の部屋があり、そこにはピアノが置いてあって、ピアノを弾いたりもの書きをするトレープレフの姿がずーっと見えています。トレープレフが頑張っている姿が観客にアピールされ続けるわけですけれど、逆効果だと思います。トレープレフの苦悩が実際に目には見えていないからこそ、観客は最後に深く思い知らされるのです。それに椅子を机代わりに膝立ちでものを書いてるなんて、かっこ悪いです。そんなので長時間執筆なんて出来そうにないし。
 ピアノの音が不快でした。同じ曲を何度も流すのは良くないです。トレープレフが全く弾いていないのが顕著にわかりますし。これもピアノの部屋を丸見えにしていることの弊害ですよね。

 衣装(原まさみ)も完全に美術とシンクロする形ですね。1,2幕は全員白に統一。そして3,4幕では黒装束。トレープレフは白いシャツとズボンで全幕通します。マーシャ(中川安奈)も自動的に全幕通して黒装束になるのは、ある意味ではストーリーに沿っているとも取れますが、アイデア止まりだと思います。初歩的な不整合として、トレープレフの衣装が同じままで長い金髪にも変化がないので、時間の経過が感じられませんでした。彼を時間を超越した存在として描くのが目的だったのならば、役者さんが役不足だったと言わざるを得ないと思います。

 前述の通り、美術も衣装も演出も完全にトレープレフ(藤沢大悟)中心で描かれたのですが、そのトレープレフが弱すぎます。語尾がいつも同じニュアンスになるのが耳障りです。いかにも舞台役者の新人さん、という感じ。大変残念です。新人を育てるということも大切なことですが、それならば演出を変えるという方向があっても良かったのではないでしょうか。
 また、二人のヒロイン(アルカージナとニーナ)をとりこにする若手小説家トリゴーリン(木村健三)も甘かったと思います。まず声が小さくて篭っていてセリフが伝わってこないのですから、問題外とも言えます。

 喜劇であることにこだわりを持って演出(熊林弘高)されたようですが、私が心でひそかにクスっとできたのは、冴えない教師のメドベジェンコ(深貝大輔)だけだったように思います。彼が何か口を開くたびに期待しましたし、期待以上の言葉と表情をくださいました。
 アルカージナ(佐藤オリエ)の演技で結構笑いが起こっていたようでしたが、私は一度も笑えませんでした。アルカージナについてはセリフをしゃべっていない時の演技の方が細かいし、心もこもっていて良かったと思います。
 執事のシャムラーエフ(花王おさむ)は一生懸命なのが痛々しくって面白かったです。私が今まで見た中で一番リアルな“執事”だった気がしました。

 演出で良かったのは、トリゴーリン(木村健三)とニーナ(郡山冬果)がモスクワでの再会を約束した後、第3幕から第4幕への転換で赤い布が下手から上手へとゆっくり移動し、時間の経過を表現したところです。あれは斬新だしシンプルで美しかったと思います。

 郡山冬果さん。ニーナ役。がさつで全く魅力の感じられない少女として登場してきて驚いたのですが(トレープレフとの恋愛を全く感じなかった)、最後にトレープレフと話すシーンで、その力を見せつけてくださいました。「私はかもめ、いいえ、そうじゃない」というセリフの繰り返しがあるのですが、わざとらしく感じなかったのは郡山さんが初めてかもしれません。

staff 作/アントン・チェーホフ new version/木内宏昌 演出/熊林弘高
美術/グレタ・クネオ 照明/笠原俊幸 音響/長野朋美 衣裳/原まさみ ヘア&メイクアップ/鎌田直樹 舞台監督/萬寳浩男
cast アルカージナ/佐藤オリエ ニーナ/郡山冬果 トレープレフ/藤沢大悟 トリゴーリン/木村健三 ソーリン/安原義人 ドールン/中嶋しゅう メドベジェンコ/深貝大輔 シャムラーエフ/花王おさむ ヤーコフ/桑原勝行 ポリーナ/花山佳子 マーシャ/中川安奈
tpt : http://www.tpt.co.jp/

Posted by shinobu at 2004年04月15日 15:29