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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2006年12月31日

王子小劇場トリビュート001畑澤聖悟/いるかHotel『月と牛の耳』12/26-30王子小劇場

 畑澤聖悟さんの戯曲を取り上げる王子トリビュートの第2弾。『俺の屍を越えていけ』に続いて、谷省吾さんが作・演出されるいるかHotelの『月と牛の耳』を拝見しました。
 いるかHotelには2000年の東京公演で出会っており、少し懐かしい気持ちにもなりました。谷さんのことはアクサル公演でもお見かけしています。

 詳しいレビュー⇒休むに似たり。

 ≪作品紹介≫ 企画公式ページより
 ある特殊な病気を持つ父親と家族の「ある日」。
 格闘家一家がくり広げる、血湧き肉踊る愛のドラマ。
 今回、関西弁でパワーアップ。
 ≪ここまで≫ 

 舞台を東北から関西に変えて、言葉も関西弁に書き換えられていました。面白いアダプテーションですよね。こういうアイデアはぜひ色んな方言・言語でやってもらいたいなと思いました。

 ある病気で入院した格闘家・加賀谷(隈本晃俊)の病室。加賀谷の長男(入谷啓介)、長女(岸原香恵)、次男(奥田貴政)、次女(牧野亜希子)の四人兄弟がお見舞いにやってきます。はじまって15~20分ぐらいで父親の病気の種類については予想がつき、少しがっかり。私は病院・病気モノが苦手ですし、最近よく見かける設定だったんです。
 でも中盤以降から、長女の彼氏・徹(加藤巨樹)が加賀屋に対して抱いていた、強いあこがれの混じった敵対心が伝わってきて、設定や人間関係などは気にならなくなりました。人間はなぜか無性に欲しくなったり、勝ちたくなったりするんですよね。ただひたすら無心にそれを求め続ける姿は、端からは馬鹿みたいに見えるかもしれません。それでも人間は、あきらめずに欲しがり続けていいんだと思います。

 関西ノリのわかりやすいギャグやネタは作品全体を明るくするし微笑ましいですが、流れをブツっと切ってしまうのも避けられません。見せ場のシーンでいかにもな音楽が鳴るのももったいなかったです。登場する人がことごとく良い人ばかりに見えたのが残念。見るからに悪そうな人は道化扱いで(例:放射線技師)、簡単に処理しすぎなんじゃないかと思いました。言葉の裏側にある登場人物の本性に、もっと迫ってもらいたかったです。

 ここからネタバレします。

 加賀谷の病気は記憶が持続できないというものでした。1999年の春のある日を毎日繰り返して、何年も入院しています。

 4人兄弟も長女の夫・徹(加藤巨樹)もみな格闘技の訓練を積んでおり、加賀屋を師匠と仰いでいます。でも、熊も倒せるほど(嘘だろうが本当だろうが)強い加賀谷に対して、本気で「勝ちたい」と思っていたのは徹だけでした。4人の子供達は父親には絶対にかなわないと思い込んでいるんですね。一番弱そうな徹が一番勝ちたいと思っていたことにジーンと来ました。
 血の繋がっていない他人である徹の気持ちだけが、病気の加賀谷に伝わるというのは、できすぎたハッピーエンドだと言えるかもしれません。でも、「誰になんと言われようが、自分はこう思う(こうする)」という強い意志は、奇跡を起こすものだと思います。

 病院につとめる医者や放射線技師、看護士などにリアリティが感じられませんでした。加賀屋につきっきりで世話をする穐本祥子(大西千保)という若い女性については、裏の顔を匂わせるか、本当に純粋な人にするか、どちらかに徹底して欲しかったですね。偽善ぶった人に見えました。たとえば「マッサージをしましょう」と言って加賀谷を部屋に連れて行くのを意味深にして、兄弟にもっと露骨に批判的な態度を取らせて、まるで加賀屋を独り占めしようとしているようにも描けると思います。博愛の女神のようにするなら、無理矢理言い寄ってくる放射線技師にも分け隔てなく優しい女性じゃないとおかしいと思いました。

 4人兄弟についても、もっと関係を深く掘下げられるんじゃないかと思いました。たとえば次女と徹の間に何らかの卑猥なムードがあっても良かったと思います。具体的には、次女が“いまだに”姉の夫のことを「お兄さん」ではなく「徹さん」と呼ぶことについては、もっとひっかかりがあっていいと思いました。長女夫婦にはずっと子供が居ないわけですし。それに「普通に一所懸命生きている善人の徹が加賀谷の心を動かした」のでは物足りなさを感じます。徹も俗物として描いてくれた方が、奇跡に信憑性が増すと思います。病気で入院した加賀谷を捨てて、男と逃げて死んだ母親だけが、妙に鮮やかに悪者になってしまうのももったいないです。

 ≪ポスト・パフォーマンス・トーク≫
 出演:畑澤聖悟/谷省吾/黒澤世莉 司会:工藤千夏(渡辺源四郎商店ドラマターグ)

 出演された3人の作・演出家全員がサービス精神のある方々だったので、とても楽しい時間でした。特に畑澤さんの話は可笑しかった~!

 畑澤「タイトルの『牛の耳』は「牛耳る」から来ています。これは家長が交代する話です(言葉は正確ではありません)。」
 畑澤「谷さんがブルース・リーで出てきたシーンは僕も出ていたんですが、ドアからじーっと中を覗き込むだけの役でした。あそこは谷さんが絶対ブルース・リーをやるだろうなってわかってた(笑)。」
 畑澤「渡辺えり子さんに「『俺の屍をこえていけ』はマッチョイズムだ」と批判されて(中略)、「『赤貝』がいいんじゃない?」と言われたんですが(笑)、先日の王子小劇場プロデュース『俺の屍…』を見て思いました。あのタイトルは「いちご牛乳」がいいんじゃない!?」

畑澤聖悟作品連続上演
≪東京、兵庫≫
出演=隈本晃俊(未来探偵社)/宇仁菅綾/岸原香恵/横尾学/牧野亜希子/梁川能希/北次加奈子/加藤巨樹(劇団ひまわり/アクサル)/入谷啓介/大西千保(劇団ひまわり)/森崎正弘(MousePiece-ree)/奥田貴政(ego-rock)/永津真奈(ブルーシャトル/アライプ)/榊原大介/谷省吾*一部ダブルキャスト
作=畑澤聖悟 演出=谷省吾 舞台監督=永易健介 照明=三浦あさ子 音響=Alain Nouveau 舞台美術=宮田重雄 宣伝美術=東學 宣伝写真=伊東俊介 制作=宮崎由美、宇仁菅綾、岸原香恵 制作協力=スタッフステーション 製作総指揮=村守春樹
前売券¥2700円(日時指定・整理番号付)当日券¥3000円 学生/北区在住者/シニア(60歳以上)¥1500(当日券のみ・要証明書) 中高生グループ割引 3人=¥3900円(当日券のみ・要証明書)*28(木)15:00及び 29(金)15:00は【昼ギャザ】 *王子トリビュート通し券あり(劇場予約のみ)
2/26(火)初日終演後、ポストパフォーマンストーク(畑澤聖悟×谷省吾×黒澤世莉)あり
いるかHotel=http://www1.linkclub.or.jp/~irukahtl/
公式=http://www.en-geki.com/tribute/

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Posted by shinobu at 2006年12月31日 16:03 | TrackBack (0)