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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2008年11月08日

tpt『広い世界のほとりに』10/29-11/09ベニサン・ピット

 イギリスの劇作家サイモン・スティーヴンズの2006年ローレンス・オリヴィエ賞・ベストニュープレイ賞受賞作品の、日本初演です。

 千葉哲也さんの演出(過去レビュー⇒)は軽快で開放的で温かく、舞台上の役者さんものびのび、生き生きとしていていました。ベニサン・ピットでtptの上質な海外戯曲を観る幸せを堪能。上演時間は約2時間45分(途中1回の休憩を含む)。

 ⇒CoRich舞台芸術!『広い世界のほとりに

 ≪あらすじ≫
 時代は2004年、場所はイギリスの地方都市ストックポート。家の修理工ピーター(千葉哲也)とその妻アリス(大沼百合子)には2人の息子がいる。兄はアレックス(山崎雄介)で弟がクリストファー(奥山滋樹)。兄に可愛い恋人サラ(小林夏子)ができて、弟の胸がざわざわしはじめた。ピーターの父チャーリー(真那胡敬二)はいつもお酒を飲んでいて、母エレン(安奈淳)は生活を変えたいと思っている。そんな家族三世代の約9ヶ月間の物語。
 ≪ここまで≫

 暗い倉庫のようなセットは、黒いステージが螺旋階段とイントレで劇場上部のロフトとつながっており、登場人物は部屋や時間の境をするりと越えて自由に行き来します。若者はイントレから飛び降りることもしばしば。
 あるシーンが終わったかどうかというところで、すばやく次のシーンが始まるスピード感は、スリルがあるし快感です。2人だけで語るシーンでも、その隣りや上部に他の人物が自然に存在していて、時にはアイコンタクトを取ることもあります。そういえば開演前や休憩中は、劇場とロビーとの間の壁も開けられていました。お芝居の中の壁を取り除くだけでなく、私たちの日常とも地続きであるように感じられる開放的な演出でした。

 役者さんの動きの軽やかさと、感情に嘘がないことが、観ていてすごく嬉しいし、楽しかったです。男同士でじゃれ合って語り合うところなどは、おそらく普通に脚本どおりに読んでいたら生まれないであろうシーンでした。勝手な予想ですが、稽古場で役者さんたちが能動的に語り合い、色んな遊びと実験を重ねてこそ生まれたものなのではないかと思いました。命の通った生き生きとした演技と、登場人物の心と俳優を大事にしながらも、脚本に大胆に意味づけをして想像力を喚起させる演出に魅せられました。上演時間は長いし決して明るいとは言えないストーリーですが、すがすがしい観劇体験になりました。

 ここからネタバレします。

 散らかした小道具などをそのままにしておくのが良かったです。例えば祖父チャーリーがテーブルクロスをひっぺがした時に、ばらばらと床に落ちたトランプの札など。最も効果的だったのは、弟が事故で亡くなった時に乗っていた自転車でしょう。ぐにゃりと曲がった自転車が、天井から鎖にぶらさげられてリビングのテーブルの上に落ちてきたのは衝撃的でした。軽薄なポップスとミラーボールの明かりもかっこ良かった。そしてその自転車は、舞台のほぼ中央に最後まで鎮座しているのです。弟の死が家族のど真ん中に堕ちてきて、ずっと彼らの心に重くのしかかっていることがわかります。

 弟の死は、家族をバラバラにしてしまいました。一度は離婚を考えたピーターとアリスですが、息子を失った悲しみをお互いに確認し、分かち合うことができた時、絶望から再生への光が見え始めます。その時、自転車が鎖に引っ張られて天へと上っていくのです。ピーターとアリスは床で抱き合い、笑顔を浮かべながらその自転車を見つめていました。おそらくこういうことは脚本に書かれていないと思います。千葉さんの演出、かっこいいですね。

 気になったのは携帯電話が出てこなかったこと。イギリスではあまり使わないのかしら。私は携帯が出てこないお芝居の方が好きなんですけどね。

"On the shore of the world" by Simon Stephens
出演:安奈淳 真那胡敬二 山崎雄介 小林夏子 奥山滋樹 小谷真一(ロンドンに住むアレックスの悪友・金髪) 植野葉子(編集の仕事をしていた妊婦。ピーターが家の修理に行く) 岸田研二(弟を跳ねた男。アリスと浮気をしそうになる) 大沼百合子 千葉哲也
脚本:サイモン・スティーヴンズ 訳:広田敦郎 演出:千葉哲也 装置:石原敬 衣裳:原まさみ 照明:笠原俊幸 音響:長野朋美 舞台監督:八須賀俊恵
【発売日】2008/07/01 全席指定 6,000円 学生3,000円(TPTのみ取り扱い)
http://www.tpt.co.jp/

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2008年11月08日 00:59 | TrackBack (0)