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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2011年04月23日

わらび座『ミュージカル「おもひでぽろぽろ」』04/16-29天王洲銀河劇場

 わらび座の新作ミュージカルはスタジオ・ジブリのアニメ映画の初の舞台化作品です(⇒製作発表 ⇒初日メインキャスト・インタビュー)。原作映画を見てから拝見しました。上演時間は約2時間20分(途中休憩20分を含む)。

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 東京で生まれ育った20代の会社員タエ子が、田舎にあこがれて山形県の農家で短い夏休みを過ごします。原作に沿っていますがオリジナルのエピソードも多数あり、タイトルの“おもひで”がタエ子の思い出だけでなく人類と自然(地球)の歴史としても描かれ、より広く深い意味合いを感じました。
 ゲネプロの舞台写真を掲載しています。写真だけでも覗いていただけたら。

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  ⇒CoRich舞台芸術!『ミュージカル「おもひでぽろぽろ」

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 1982年の夏。 今日も都内の銀行で膨大な書類に奮闘している27歳のOL・タエ子。
 ある日、彼女の前に、小学5年生の自分が現れた。 何かの病気になったかと家族が心 配するなか、タエ子の心には幼い頃に憧れた一つの思いがよぎる。
 「夏休みには、田舎へ行ってみたい!」
 タエ子は思い切って休暇をとり、憧れの田舎、姉の夫の実家がある山形の高瀬へと、一人でかける。
 小学5年生のワタシを連れて。
 自然の営みや農家の人々との出会いの中で、都会にはない魅力を発見していくタエ子。
 村中に響き渡る祭囃子、エネルギッシュな獅子舞― 東京に帰る前夜。
 村の祭りに出かけようとするタエ子に、ばっちゃ(おばあちゃん)は思いがけない申し出をする。 困惑するタエ子に、またも甦る小学校の“おもひで”・・・
 小学5年生のワタシが教えてくれたこととは?
 時空を超える“おもひで”の旅が、タエ子を変えていく――
 ≪ここまで≫

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 一見シンプルな八百屋舞台が、都会のオフィスや人間に侵されていない森林、農家の田畑などにすみやかに場面転換していきます。床や壁がスライドしたり大きな装置の出はけもあり、動的で見どころの多い美術です。
 舞台上で素直に喜び、驚き、迷うさまをそのままにあらわして、のびやかに全身を動かし歌う人たちを見て、涙がほろほろと流れました。自然の美しさだけでなく恐ろしさにも焦点を当てた迫力の演出に、のどもとまで熱いものが込みあげました。

 原作アニメは主人公タエ子の現在と幼いころの回想が、重なりつつ入れ替わる構成でしたが、今作ではトシオ(三重野葵)のバックグラウンドがより具体的になり、ばっちゃ(杜けあき)の青春時代のエピソードも追加されています。個人の思い出だけでなく、土地に根付き人間にしみついた日本の歴史にも踏み込んで、より深く、重みのある世界観があらわされました。思い出は甘美なだけでなく、今の自分を変えてしまう大きな力を持っています。そこから目をそむけていたタエ子の怖れ、葛藤、そして一歩前へと踏み出す変化が描かれました。

 ミュージカルの音楽については私はあまり詳しくないのですが、農家の女性が悲しいエピソードほど明るく歌うのが良かったです。タエ子が思い出を本気で振り返ろうとする一幕最後の場面は、不安や恐怖を連想させるよな曲でサスペンス・タッチに演出されているのが面白いと思いました。

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 タエ子役の朝海ひかるさんは、きゃしゃな体に宝塚の元男役らしい凛々しさを備えながら、変化に素直な演技がとても、とても可愛らしかったです。自然に触れた時のはちきれんばかりの喜びの表情とか!自分の中の揺れる感情を探っていくピュアさも光りました。自ら封印して考えないようにしてきた過去と対峙した時の、タエ子のじりじりと思いつめたような演技が特に良かったです。作業着姿でバレエのように優雅に踊るのもキュート♪

 ここからネタバレします。

 タエ子は銀行に勤めていて同遼に「ヘンな人」と思われています。彼女にだけ小学校5年生のタエ子の姿が見えるので、勤務中のひとりごとが多いんですよね。これは映画にはなかった設定です。制服姿の会社員たちがせくせくと働くオフィスに、元気な小学生たちがドっと押し寄せてきた場面で涙が流れました。夢と現実が混在して、過去と現在が重なって、でも舞台上の役者さんは生き生きと目を輝かせて、今に存在しています。演劇的に特に珍しいわけではないですが、ポイントは役者さんの存在の仕方だと思います。あぁ、私は舞台のこんな瞬間が好きなんだと思いました。

 タエ子のオフィスから自宅、夜行列車を経て山形に到着した時、舞台奥の壁が破れるように左右に開き、うっそうと茂る木々や葉が現れました。木、花、水(川)、魚、鳥などの精霊たち(?)が静かに登場し、ダンス(身体表現)で自然を表現します。澄んでいて適度に湿った森林の空気が頬に触れたように感じました。かぐわしい緑の香りも漂ってくるようで(実際はあり得ませんが)、深呼吸したくなるような解放された気持ちになりました。

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 完璧な有機農業を目指すトシオの田んぼに、隣人が無理やり農薬を撒いてしまう場面がありました。現実の苦々しい描写はアニメよりずっと生々しいです。
 ばっちゃの初恋の人は陸軍学校に行き、戦死しています。実の姉(碓井涼子)は年頃になって売られてしまい、そのお金で自分は学校に行くことができたとばっちゃは語ります。これはほんの数十年前の日本の出来事なんですよね。田んぼに、森林に、オフィスビルの地面に、消えない歴史が積み重なっているのだと思います。

 タエ子が都会の日常生活の中で渇望していた、自然との共生が農家にはありました。ばっちゃからトシオとの縁談話を持ちかけられ、タエ子は悩みます。呑気に田舎が好きと言ったものの、農業の現実は甘くないことにも、自分に農家の嫁になる覚悟がないことにも気づきはじめていたからです。そこで、タエ子が小学生の頃に“いじめられっ子の阿部くん”に握手を断られたエピソードがつながっていきます。貧しかった彼の手を、誰よりも一番汚いと思っていたのは自分だった、「考える」ということをしてこなかったのだと自分を責めます。これはまさに私たちのことですよね。面倒だから汚いことに蓋をして、考えるのを止めて楽しいことだけに没頭してきた、私たちのこと。

 タエ子は本家から飛び出して夏祭りの真っただ中に飛び込みます。和太鼓と民族舞踊はわらび座ならではです。若者たちの力強い踊りと太鼓の大きな振動は、竜神様(だったかな)の自然の恵みと驚異の両方を渾然とあらわしているように思いました。先日、宮城聰さんがおっしゃったように、お祭りは神様を地上に降ろして来る意味もあるんですよね。

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 終盤で小さいタエ子(石丸椎菜)は阿部君が被っていた獅子舞の面を被って登場します。彼女はコタエちゃんと呼ばれており、つまり小さいタエコ=小タエ=答えなんですね。小タエは「過去」を象徴するものでもあるのでしょう。小タエが祭りの踊り子たちにまぎれて森の中へと消えていく場面にはゾクっとしました。小タエが恐ろしい神様のように見えたのだと思います。
 トシオに励まされ、過去の心の傷が癒えて、変化していく自分を受け入れることができたタエ子は、小タエ(=阿部君)と握手します。変化は痛みを伴うものだけれど、目をそむけ続けることはできない、そして過去は決して消滅しないのだということが、無言の場面から感じとれました。

 うーん、こうやって考えるとトシオの影響力がタエ子に対して小さすぎたかなと思います。20代後半のOLが大きく人生の舵を切る決断をするのですから、発火するような恋愛が見たかったですね。私が拝見したのはゲネプロでしたので、今はもう進化しているかもしれません。

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【出演】タエ子:朝海ひかる タエ子の母/山形のばっちゃ (2役):杜けあき トシオ:三重野葵 タエ子の父:渡辺哲 ナナ子:高橋磨美 ヤエ子:碓井涼子 カズオ:平野進一 キヨ子:丸山有子 ナオ:鈴木潤子 トノムラ:椿康寛 シロー:北村嘉基 あべ君:森下彰夫 小タエ [こたえ](小5のタエ子):石丸椎菜 アイコ:中里裕美 トコ:志賀ひかる リエ:奥泉まきは アンサンブル:権田いなほ 神谷あすみ 小林すず 伊藤幸世 ※キャストは変更になることがあります。あらかじめご了承ください。
原作:アニメーション映画「おもひでぽろぽろ」 (脚本・監督/高畑勲 原作/岡本螢・刀根夕子) 台本・作詞:齋藤雅文 演出: 栗山民也 作曲:甲斐正人 振付:田井中智子 美術:松井るみ 照明:勝柴次朗 音響:小寺仁 衣裳:樋口藍 ヘアメイク:鎌田直樹 小道具:平野忍 歌唱指導:山口正義 演出助手:小沢瞳 音楽助手:紫竹ゆうこ 振付助手:高田聖子 舞台監督:佐久間勝徳 企画制作:わらび座 協力:スタジオジブリ 東京公演主催:日本テレビ・わらび座・銀河劇場
12月4日(土)発売  全席指定 8,500円(税込)
http://www.warabi.jp/omoide/
ゲネプロ舞台写真撮影:mao

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2011年04月23日 15:04 | TrackBack (0)