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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2011年09月13日

こまつ座『キネマの天地』09/05-10/01紀伊國屋サザンシアター

 井上ひさしさんの戯曲を上演するこまつ座の新作は、昭和10年を舞台にした『キネマの天地』。大人気の映画女優4人が登場する娯楽推理劇です。

 緻密かつしたたかで、それでいて観客に向かって大きく開かれた状態で組み立てられた俳優の話術を、とことん味わうことができました。気持ちいい疲労感の約3時間弱(途中休憩1回を含む)。

 演技とは、俳優とは、という大きな問いに井上さんがはっきりと答え、それを演出の栗山さんが舞台上で実証していく構造にもなっていました。見事、圧巻、満足というのが最初に出てきた感想ですね。

 公演パンフレットthe座(1,000円)はいつもながらの充実度です。「井上ひさしの選ぶ日本映画ベスト100」も掲載!これは必読!!

 ⇒CoRich舞台芸術!『キネマの天地

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 女優松井チエ子、謎めいた死から一年。
 築地東京劇場に集められた四人のスター女優たち!!
 果たしてこの中に彼女を殺した犯人はいるのか・・・・・・?
 ≪ここまで≫

 一幕はあからさまに喜劇。二幕からは推理劇。何も考えず浴びるように観ていても楽しいし、面白いと思います。でもより注意深く役者さんの演技を見つめていると、どのセリフでどういう演技をするかが細かく決められた上で、ライブ感のあるアンサンブルが生み出されるように設計されているのがわかってきます。

 大げさな口調で見得を切ったり、普段のありのままのごとく自然だったり、演技の種類は無数にあります。でもそもそも演劇は嘘(虚構・つくりごと)だから、どんな演技も嘘なのです。ただその嘘が本当のことのように感じられることがある。それが演技で、それが演劇なのですよね。

 井上さんの戯曲はストーリーがしっかりありますし、観客にわかりやすい言葉で書かれており、笑って泣ける娯楽の要素もふんだんに詰まっています。でも最初から演劇の本質も、実験的な側面も全てわかっていて、あえてその劇作方法を選んで来られたんだと思いました。

 女優さん4人はそれぞれの個性をこれでもか!と言わんばかりに前面に出しつつ、決められた流れを形式ばらずに生き生きと表現し、その場で偶然生まれる俳優同士のコミュニケーションも無視せず拾ってくれます。ちょっとでも息が合わないと予定通りの味わいが出ない(ウケない)ぐらい、緻密に作られていると思います。でも1人ひとりが舞台で全力で生きているから、何が起こっても(起こらなくても)、1人語りも4人のコンビネーションも目が離せません。
 三田和代さんのコメディエンヌっぷりが凄い!そういえば白塗りだ(笑)。
 最後は木場勝己さんに泣かされました。俳優、俳優、俳優・・・なんて狂おしい、でも素晴らしい、情熱!生き方!

 ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。

 1年前に舞台上で急死した大女優の夫である映画監督は、真犯人を突き止めようと、妻が死んだ現場に居た女優4人を集める。ある売れない俳優に刑事を演じさせ、彼女たちを問い詰めていくのだ。
 ところが尻尾を出したのは、なんと刑事を演じていた俳優だった。彼はいじめられた腹いせに大女優に毒を盛ったと自白し、警察に自首することに。罠かもしれないと思いながらも、有名女優らを追い詰める刑事という大役を、みすみす逃すことはできなかった。そう吐露するのは悲しくて美しい俳優の性(さが)。
 ライバル同士の女優4人は互いの悪口ばかり言い合っていたが、疑いが晴れた時にはすっかり仲良くなっていた。女優業の苦労と本音を分かち合えたからだろう。
 女優4人が劇場から去った後、警察に行ったはずの俳優が笑顔で戻ってきた。実はここまでの全てが、4人の女優に快く映画に出演してもらうための芝居だったのだ。・・・見事などんでん返しです。

 売れない俳優(木場勝己)は映画監督(浅野和之)に演技が大げさだと言われ、最後は“リアリズムの演技”をします。きっとこれも井上さんが用意した見せ場だと思うんですが、かなりの勝負どころというか、失敗したら目も当てられないですよね(笑)。そこに栗山さんは“繰り返す”という、「これ以上の正解はない!」と言いたくなるような、見事な演出を施されました。
 静かに押し込めるように話す木場さんのリアルな演技はすごくかっこいいのですが、監督にすげなく「もう一回!」と言われ、全く同じリアルな演技を繰り返します。ここで客席では大いに笑いが起こっていましたが、私は神妙な、厳かな気持ちになりました。

 お芝居は嘘の繰り返しです。でも木場さんが語る「ハムレット、リア王、ファルスタッフ、私が演じられなかった役たちよ、さようなら」というセリフは、木場さん演じる“売れない俳優”が心の底からしぼり出した、本音に違いありませんでした。そこには有名戯曲の登場人物に対してだけではなく、俳優と演劇そのものに対する憧憬、恋慕、尊敬、信仰といったまっすぐな気持ちが込められています。作者である井上さん、俳優である木場さんご自身、そして観客である私の思いも代弁してくださっているように思いました。その本音を全く同じ演技方法で繰り返すことで、“演劇という嘘が生み出す本当のこと”を現出させたのです。2度目の演技が終わるのを待たずに、幕が降りてきたのにもシビれたな~。
 
 最後はキャスト全員が幕の前に登場して、点滅する無数の丸い電飾が舞台額縁を飾る中、オープニングで流れていた「蒲田行進曲」を合唱。新国立劇場の「夢シリーズ」もそうでしたね。大満足のカーテンコールでした。

第九十五回公演 ≪東京、大阪、岩手、山形≫
出演:麻実れい 三田和代 秋山菜津子 大和田美帆 木場勝己 古河耕史 浅野和之
脚本:井上ひさし 演出:栗山民也 音楽:宇野誠一郎 美術:石井強司 照明:服部基 音響:深川定次 泰大介 衣装:前田文子 ヘアメイク:鎌田直樹 宣伝美術:和田誠 演出助手:大江祥彦 舞台監督:三上司 木﨑宏司 制作:井上麻矢 瀬川芳一 谷口泰寛 児玉奈緒子
【休演日】9/13,20,27【発売日】2011/07/09
7,350円(全席指定・消費税込み)/学生割引5,250円 *学生割引:中学、高校、大学、各種専門学校ならびに演劇養成所の皆様を割引いたします。
http://www.komatsuza.co.jp/

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2011年09月13日 15:10 | TrackBack (0)