REVIEW INTRODUCTION SCHEDULE  
Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
mail
REVIEW

2014年05月14日

地人会新社『休暇 Holidays』05/10-06/01赤坂RED/THEATER

 英国の劇作家ジョン・ハリソンさん(1942年生)による、実話に基づいた戯曲を栗山民也さんが演出されます。200席に満たない小劇場での本格的なストレート・プレイです。日本初演。上演時間は約2時間20分(途中休憩10分を含む)。

 がんに冒された中年女性が田舎のコテージで1週間の“隠遁”生活をします。そこに人生を変える出来事が!清楚なイメージのチラシからは想像がつかなかった、衝撃的な展開に心乱されました。闘病の記録をともに追いながら、夫婦とは、人生とはと考えさせられる、とても面白い戯曲です。

 500円の当日パンフレットに掲載された翻訳者の水谷八也さんの解説に、この戯曲に登場する重要な詩の引用があります。お勧めです。

 ⇒演劇ジャーナリストの徳永京子さんの劇評もどうぞ。(2014/06/05)

 【写真↓ロビーに劇中で言及のあるお店が開店していました♪】
20140513_pierrot_of_provance.jpg

 ⇒CoRich舞台芸術!『休暇 Holidays

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 ――あなたは、あなた自身の歌を歌っていますか?

 科学や医学が進んでも、未だ根絶できない「癌」。その病、乳がんと向き合う一人の女性の交錯する十数年の過去と現在を、英国・ヨークシャー、フランス・プロヴァンスの2つのコテージを舞台に描きます。
 病を通して、人としての生き方とは?
 支える言葉の響く先は――

 英国の劇作家ジョン・ハリソンが、自身の妻の経験をもとに書いた戯曲を、栗山民也さんの演出で本邦初演致します。

 ローズ(保坂知寿)は乳ガンを患い、片方の胸を14年前に切除。その後、再発の不安を抱えながらも、夫アーサー(永島敏行)の愛情深い支えのもと、明るさとユーモアを失わず生きている。
 毎夏のプロヴァンスでの休暇は、二人の絆を深める大切な時間だった。お互いの母親との確執、子供を持たなかった現実、何よりいかに「アイツ」と戦うかを悩み考えた夏の日々。
 その「アイツ」が帰ってきた。それも肺に。その次は首に。
 これまでの西洋医学の治療方法に疑問を抱いていたローズは、信頼するカウンセラーのすすめで彼女のコテージを借り、過去の本音を日々思いつくままテープレコーダーに喋り続ける。これからの治療に不可欠、とカウンセラーからの指示なのだが、それは現実を見つめ直す作業だった。
 どんよりとしたヨークシャでの期間限定、一週間の隠遁生活が始まる。
 ほどなくコテージのガスオーブンが壊れた。修理工のラルフ(加藤虎ノ介)がやってくる。
 思いのほか、文学や哲学に広く知識を持ち熱く語るラルフに、少なからず心惹かれてゆくローズ……
 ≪ここまで≫

 【舞台写真↓左から永島敏行、保坂知寿、加藤虎ノ介 撮影:谷古宇正彦 ※こちらより無断転載】
Holidays_nikkei.jpg

 ローズがテープレコーダーに向かって自分自身のことを赤裸々に語っていく中、回想シーンで昔の出来事を辿っていきます。英国ヨークシャーのコテージと南仏プロヴァンスの別荘を行き来するのですが、舞台美術の転換はごくシンプル。膨大なセリフの重要なポイントを演技、照明で漏らさず粒出たせて、スマートに、上品に、届けてくださいました。

 優しくて献身的でよく働く、非の打ち所がないと言っても過言ではない夫アーサーと20年連れ添ってきたローズ。長らくがんを患ってきてある決心をしなければならない段階に入り、人生において自分がごまかしたり、あきらめたりしてきたことを見つめ直します。そこに修理工ラルフという闖入者が現れ…。

 ローズはがんの再発時から、外科治療ではなく緩和ケアを選択します。この緩和ケアの方法や考え方はがん患者の付き添いをしたことのある私個人としては共感するところが多く、ぜひたくさんの方に知ってもらいたいと思いました。肉類、乳製品を取らない食事療法やイメージトレーニングなどは健康な人も参考にできると思います。1991年にがんで亡くなった奥様の闘いの記録をもとに書かれた戯曲ですから、20年以上前から緩和ケアはあるんですよね。

 詩を引用するセリフがたくさんあって、言葉の高尚な世界に連れて行ってもらえます。金、人間関係といった世俗的な現実から一瞬にして飛翔し、夢や空想が広がる抽象世界が立ち現われます。お芝居ならではの思索の時間を味わえました。

 主役の保坂知寿さんは膨大なセリフのひとつひとつを丁寧に演じていらっしゃいました。後半に向かって凄味が増していくようでした。夫アーサー役は永島敏行さん。穏やかさと包容力が魅力的でしたが、型を作ってるように見える瞬間がチラホラ。修理工ラルフ役の加藤虎ノ介さんは初めての登場から常にインパクト大。後半は少々失速したような感じもしましたが、『OPUS/作品』で拝見した時より、心を開いていらっしゃるように見えて好印象でした。6月1日までのロングランなので日々進化していくことと思います。

 ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。

 ローズがアーサーに反対されてあきらめたのは、子供を持つこととプロの絵描きになること(彼はローズを独り占めにしたいから)。そして彼女ががんを発症するきっかけには、常に彼が関わっていたことがわかってきます。

 ローズが病床にあった母親の死に目に会えなかったのは、夫婦の毎夏の恒例行事である1か月間のプロヴァンス休暇に行ったせいでした。金融関係のハードな仕事をしているアーサーは、その休暇がないと生きていけないと言うし、ローズもそれに同意して、英国を離れたのです。酒とタバコに溺れるひどい母親だったとはいえ、ローズは後悔と悲しみにくれてプロヴァンスで2週間泣き続けました。それが15年前。その1年後(現在から14年前)にローズは乳がんを発症します。乳房を切除する手術後の経過は良く、7年間はがんのことなど忘れて暮らすことができました。でも絵画の個展が大失敗した時にインフルエンザにかかり、咳がとまらないためにレントゲンを受けたら、肺にがんが見つかって、冷酷な医師から余命三か月を宣告されます。個展は開くなり失敗だとわかり、ローズはすぐにやめたいと言ったのに、アーサーが「それなりの投資をしたんだから(俺が金を出してるんだから)」という理由で会期終了まで閉じられなかったのです。ローズは「体も心もボロボロになった」と言っていました。そこから緩和ケアに移行し、7年間は風邪ひとつ引かなかったローズですが、ある夏にプロヴァンスの海辺で息が出来なくなり、首のがんが見つかります。この時もアーサーが海に行こうと誘っていました。

 修理工のラルフは、見た目は30代後半ぐらいで、本当の恋は1度しかしたことがないと言います。ローズの告白が吹き込まれたテープを全部聞いてしまったラルフは、よりローズに興味を持ち、真っ直ぐに接近してきます。ありのままの自分を見て、認めてくれるラルフに、ローズが惹かれるのは無理もありません。2人が偶然に出会い、少しずつ距離を縮めていくのがスリリング!特に無言の間(ま)が色っぽくて目が離せませんでした。とはいえ、よくある男女の恋愛関係ではなく、人間と人間が出会い、互いに慈しむ気持ちを交換し、育んでいく尊い過程を見ているようでした。

 ラルフともっと過ごしたいと思ったローズは滞在を1週間延長する決心をしますが、アーサーが迎えに来てしまい、そこにラルフもやってきて、3人が鉢合わせしてしまいます。まさかの展開…!現実と夢がぐちゃっとねじれた状態でこんがらがったような、一緒になってはいけないものが合体したような、非常に奇妙な、そしてスリリングな修羅場でした。アーサーの高貴な姿勢に比べると、ラルフはあまりに無骨です。論理的かつ紳士的に2人に接するアーサーの存在が、ローズとラルフの関係を現実社会にさらすことになり、崇高な愛が汚され、スキャンダラスで低俗な不倫へとおとしめられた瞬間でした。世界が激変しました。

 最後にローズは文字通り“飛ぶ”ことを選択します。タクシーを呼んで1人で空港に向かい、行先などかまわず飛行機に乗るのです。「私の体を切り刻むことなんてさせない。自分の歌を歌うために、“休暇”に出かける」とテープに録音を残して。隠遁生活の目的は、再び外科手術を受けるかどうかを自分で選択するための時間を持つことでした。静かに人生を振り返っている間に、ある人に出会い、事件が起こり、決断に至ったということになります。イプセン作『人形の家』のようでもありますよね。

 「リング(避妊具)をはずせばいい」というローズの友人からの助言は、「結婚指輪をはずせ」という意味にも受け取れて面白かったです。
 「ローズ、ローズって(簡単に私の)名前を呼ばないで」という気持ちは、『Being at home with Claude ~クロードと一緒に~』で愛する人の名前を口にできなかったイーヴと似ているように思いました。

 以下、C・デイ・ルイス「磁性の山」からラルフが引用した詩です。当日パンフレットより。

 …くつろぎなさい
 私の中で。しかしこの家には
 ひとつだけ、あなたが決して共有できない
 否定することも入ることもできない部屋があり
 そこでは、密室の中で蝋燭の炎が
 まっすぐ立つ尖塔の如く
 揺らぐことがないように、
 あたかも陰深き洞窟の中の
 炎の石筍(せきじゅん)のように、
 魂の総体が光に照らされ、闇の中を
 永遠にまっすぐ昇って行く。

第3回公演
出演:保坂知寿、加藤虎ノ介、永島敏行
作/ジョン・ハリソン 訳/水谷八也 演出/栗山民也 美術/長田佳代子 照明/沢田祐二 衣裳/前田文子 音響/斎藤美佐男 演出助手/泉千恵  舞台監督/福本伸生 製作/渡辺江美 チラシデザイン/伊藤理佳
【発売日】2014/03/24 一般6,500円 25歳以下3,000円
http://www.chijinkaishinsya.com/newproduction.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

★“しのぶの演劇レビュー”TOPページはこちらです。
 便利な無料メルマガも発行しております。

メルマガ登録・解除 ID: 0000134861
今、面白い演劇はコレ!年200本観劇人のお薦め舞台
   
バックナンバー powered by まぐまぐトップページへ
Posted by shinobu at 2014年05月14日 13:28 | TrackBack (0)