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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年11月27日

大人計画『イケニエの人』11/11-12/05世田谷パブリックシアター

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 鬼才・松尾スズキさん率いる劇団・大人計画の3年半ぶりの新作本公演です。阿部サダヲさんも宮藤官九郎さんも出演されてます。
 チラシからもわかるように今回の主役は皆川猿時さんでした。まあ、誰が主役でもあまり関係ないかもしれないですけど。とにかく大人計画のメンバー勢ぞろいの舞台というだけで嬉しいですよね。

 舞台は緑色の温泉が出ることが売りの温泉旅館。すぐ隣りにスペースシャトルの発射台が出来ることになり、その建設工事が始まってから、名物の温泉が出なくなってしまった。そのことも原因で経営不振になったため、旅館はバビロン(?)という巨大レストランチェーン会社に乗っとられてしまう。
 旅館の従業員は、新たにバビロンの研修を受けることになった。その厳しい研修には、色んなトラブルをわざと起こす“バスター”と呼ばれるニセの研修員が紛れ込んでおり、バスターを見つけたものが支店長になれるというルールもあった。

 荒唐無稽な設定で、出てくるのは奇想天外な人物ばかり。次の展開が非常に予想しづらいストーリーです。エロティックでサディスティックなネタを簡単にやってのける大人計画の役者さんは、いつもながら魅力的なのですが、早口すぎてセリフが聞こえないことが多かったですね。
 回想シーンや同時進行する複数シーンなど、構成が複雑でわかりづらかったからなのか、それとも単なるパワー不足なのか、『エロスの果て』『業音』などと比較すると全体的に凄みに欠けました。

 役者さんがきわどいネタをやりながら、あたふた動いているのを眺めている内に、サラっと終わってしまいました。観た後でよ~く考えたら作品に込められた意味がわかるかも・・・という程度です。今、レビューを書きながらやっと少し気づいてきました。

 ここからネタバレします。

 現代の病的な事件は、その主たる原因や犯人の動機があまりに不謹慎なため、発覚した時は異常なほど大きく取りざたされるのですが、その後すぐに起こる同様の事件によって、すばやく姿を消していっています。
 ここでは乙骨(オツコツ:皆川猿時)という男が、遺跡発掘現場に違う遺跡の出土品を埋めて新発見だと偽った事件と、温泉に入浴剤を入れて緑色の湯を作り出した事件の犯人だという設定でした。

 最近、モーニング娘。のサインを真似して写真に書いてブロマイドを作り、それをネット販売して稼いだお金でモーニング娘。のコンサートに行っていたという女子中学生が捕まりましたね。彼女達は警察の取調べの時に「やってみたら結構簡単だった」と言っていたそうです。私が中学生だった時代はこういうことは考えられませんでした。

 この10年弱のまたたく間に、大人も子供も誰もがありとあらゆる情報を手に入れ、また自ら発信することのできるインターネット社会になりました。私達は、TVやPCのディスプレイから毎日、毎秒あふれ出す情報の中に自分の情報が見つけられなかった時、自己の存在が希薄になってきているように感じるのではないでしょうか。その影響で、「常識的にはこうでなければならない」「世間ではこれが当たり前だから」という自分の外側を満たそうとする欲求と、「私はこれがしたい」「誰にも邪魔されたくない」という自分の内側を満たそうとする欲求の両方が、昔より強くなっているのではないかと思います。

 最近すごく便利だと思ったのは、新潟中越地震のための義援金を振り込むことがとても簡単だったことです。反対に、私達の善意がチェーンメールという巨大な暴力になることもあります。モーニング娘。ファンの女学生たちも「(ブロマイドを買った)皆んながすごく喜んでくれた」と思って、続けてしまったのではないでしょうか。
 ドキュメンタリー映像を撮る女、日鰯(田村たがめ)は、良かれと思ってやったことが、とんでもない事件になってしまった頭の弱い男、乙骨(皆川猿時)の“笑顔”を追いかけています。彼はまさに私達のことです。望めば何でも知ることができる世界において、反対に大切なことが何もわからなくなった私達は、自らの善行が悪行となっていることに気づかずニヤニヤと笑っています。彼こそがモラルが欠如しているこの世界の、我々の代わりのイケニエなのではないでしょうか。

 現代に入ってがん患者が増え続けていますが、環境汚染や生活習慣の変化が影響していることは明らかです。乳がんで若くして乳房を失った日鰯(田村たがめ)も、私達がともに暮すこの世界のイケニエと言えるでしょう。

 ラストシーンでは、「何の肉だかわからないけど」と言いながら冷蔵庫に入ってた肉を焼いて食べます。これも端的に今の世界を現していますよね。スーパーで売っている子持ちシシャモって、実はシシャモじゃないことがあるらしいですよ。

 『ドライブイン カリフォルニア』でも鮮やかでしたが、今回もオープニングがかっこよかったです。暗転して光がつくと突然、舞台中央にいる女装をした宮藤官九郎さんのお腹から、真っ赤なテープが5本、放射線状にまっすぐ天井に向かってシューーーッ!と伸びていくのです。宮藤さんが「ぎゃー」と叫び声を挙げているので、お腹から血が吹き出ている様子を表しているとわかり、びっくりします。でもその後すぐに、血まみれのナイフを持って、顔も血だらけになった阿部サダヲさんが「血のりだ」と言ってしまうので、「あれ?嘘なんだ(笑)」と安堵して笑えました。まあ、嘘なのか本当なのかよくわからなかったんですが、強烈なインパクトでした。

 田村たがめさん。ドキュメンタリー映像を撮る女役。どアップでスクリーンに映るお顔がとても可愛らしかったです。

(東京公演→大阪)
[作・演出・出演]松尾スズキ
[出演] 阿部サダヲ/宮藤官九郎/池津祥子/伊勢志摩/顔田顔彦/宍戸美和公/猫背椿/宮崎吐夢/皆川猿時/村杉蝉之介/田村たがめ/荒川良々/近藤公園/平岩紙
舞台監督:青木義博 照明:佐藤啓 音響:藤田赤目 舞台美術:加藤ちか 衣裳:戸田京子 写真撮影:田中亜紀 宣伝美術:吉澤正美 演出助手:大堀光威 佐藤涼子 衣裳助手:伊澤潤子 梅田和加子 制作助手:河端ナツキ 北條智子 制作:長坂まき子 企画製作:大人計画、(有)モチロン
大人計画:http://www9.big.or.jp/~otona/
世田谷パブリックシアター内:http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/jouhou/04-2-4-45.html

Posted by shinobu at 2004年11月27日 15:49 | TrackBack (1)