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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年04月11日

新作オペラ世界初演『Jr.バタフライ』4/6, 8, 10東京文化会館

 島田雅彦さんの台本でプッチーニ『蝶々夫人』の続編であること、出演者に佐藤成宏さんと佐藤しのぶさん、そしてなんといってもあのチラシのタイトル・ロゴに惹かれてチケットを取りました。
 20分の休憩を2度挟んでおよそ3時間半。予想外の演出に疲労困憊しました・・・。

 プッチーニが今から100年前に作曲した、日本を舞台にした日本人主役のオペラ『蝶々夫人』は、芸者の蝶々さんとアメリカ軍人ピンカートンの、涙なくしては観られない極上の悲恋の物語です。そしてこの『Jr.バタフライ』は、二人の間に生まれたピンカートンJr.とその恋人ナオミの、これまた日本を舞台にした日本人主役の悲恋の物語であり、世界大戦時の日本の歴史をあざやかに描きだしていました。

 音楽について。台本:島田雅彦、作曲:三枝成彰コンビで1997年初演の『忠臣蔵』と同じく、やっぱり私は三枝さんの音楽が苦手です。三枝さんはワーグナーを目指しているとのことですので、そりゃ私にはムリでした。全く予想のつかない展開(ワーグナーのそれ)かと思いきや、NHKのドラマでよく流れてそうなめちゃくちゃわかりやすい演歌のようなフレーズも多数表れます。遊び心とはいえアメリカ国歌のメロディーが流れるのは好きではないし、とにかく私の好みじゃない!・・・ということに尽きますね。

 脚本はさすがは島田雅彦さん、美しいうっとりするような言葉がたくさんありましたし、“詩人”(歌わずに日本語そのままで話す役)のセリフは胸に突き刺さります。パンフレットにも書かれていますが、あまり世界に知られていないあの戦争の真実を伝えるという意図も込められていたようです。アメリカが経済制裁をしたために日本が戦争を始めざるを得なくなったこと、真珠湾攻撃をアメリカは既に知っていたのに日本にそのままやらせたこと、そして原子力爆弾の驚異的な破壊力・・・。

 さて、肝心の歌について。私の大好きなテノールの佐藤成宏さんとソプラノの佐藤しのぶさんについての感想を存分に書きたいと思っていたのですが、全てはあの原爆の演出で吹っ飛んでしまいました。私はあれほど露骨な原爆投下およびその後の焼け野原の舞台演出を見たことがありません。日本人に、あれは出来ないんじゃないかな・・・照明、音響、美術、演出が全てイタリア人だから、あんな表現が実現してしまったのではないでしょうか。

 演出のダニレレ・アバドさんのインタビューに「ここではあくまで長崎の歴史、原爆のイメージというものが舞台のイメージになっています」というお言葉がありましたように、まさに、原爆でした。実際に原爆の爆発を捕らえている記録映像がスクリーンと舞台面に映し出され、赤い照明などと組み合わさって、リアルで衝撃的な爆発シーンが長々と繰り広げられます。爆発後の一面の焼け野原の演出も露骨でした。東京文化会館の舞台奥の壁をむき出しにしたのです。軍服やもんぺ姿だった人々は全員上半身はだかになり焼け野原に立ち尽くします。斜め低くから舞台を照らす白い照明も美しく、残酷でした。死んでしまった人々の人形が天井からぶら下がってきた時は目を覆いました。そこに荘厳なオーケストラの音楽・・・完璧です。生っぽくなく、グロテスクにならずにきちんと形式美で表現できていて、さすがだなーと思いました。演出家さんや照明家、美術家さんたちに「ぜひ見たほうがいいですよ」とお薦めしたくなるぐらいリアルな演劇的爆発シーンだったと思います。でも・・・これが伝えたいことなのですか?

 あの爆発シーンおよびその後の展開で『蝶々夫人』の長崎のイメージが完全に消えてしまいました。実際に原爆で全て焼けてしまっているはずだとは言え、『蝶々夫人』の続編だというのにその母体を消してしまうなんて、不条理というかポップというか、冒険ですよね。やんちゃすぎないかな?三枝さんが「日本以外でこの作品が上演され、より日本についての理解が深まると良い」というような意味のことをとおっしゃっていますが、上演されるでしょうか?こんなにつらい作品が。歌よりも音楽よりも、心に残ったのは戦争です。それが目的だったなら大成功ですね。

 『Jr.バタフライ』というタイトルのロゴのデザインがすばらしいと思います。モノトーンでごくシンプルな印象ですが、和と洋、昔と今の対比が鮮やかにコラージュされています。よかったら公演専用サイトでご覧になってみてください。デザインは浅葉克己デザイン室(間宮息吹・柏木美江)。
 
 パンフレットや雑誌で三枝さんが、このオペラにどれだけのお金と時間がかかっているのかを赤裸々に語られているのがとても興味深いです。例:東京文化会館を15日間借りて3回しか上演しない。チケット収入額の6倍以上の予算で成り立っている(協賛企業のおかげで)。のべ360人もの人間が関わっている。徹夜は300日にもなった、等。

台本:島田雅彦 作曲:三枝成彰 演出:ダニレレ・アバド
出演:佐藤成宏 佐藤しのぶ 他
主催:毎日新聞社・東京放送・メイ・コーポレーション
三枝成彰オフィシャルサイト(音楽付き):http://www.saegusa-s.co.jp/

Posted by shinobu at 01:26