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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2007年04月19日

新国立劇場演劇『CLEANSKINS/きれいな肌』04/18-28新国立劇場小劇場

 稽古場から追いかけてきた『CLEANSKINS/きれいな肌』初日を拝見してまいりました!
 ⇒稽古場レポート〔〕〔〕〔〕〔〕〔〕〔

 ボッロボロ泣いたり、ささいな魅力を見つけて笑ったり、相変わらずの“一般観客”な私でしたが、知ってるけど知らない、観たことがあるのに初めて出会う、不思議な体験にもなりました。
 カーテンコールで劇作家のシャン・カーンさんが一言、なんと日本語でご挨拶してくださいました!そう、今日は“世界初演”だったんですね。

 ⇒CoRich舞台芸術!『CLEANSKINS/きれいな肌

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。
 英国の小さな町、母ドッティー(銀粉蝶)とその息子サニー(北村有起哉)が二人で暮らす公営住宅の一室。そこへ薬物中毒で行方不明となっていた娘ヘザー(中嶋朋子)が突然、イスラム教徒の姿で帰ってきた!
 反イスラムのデモに参加しているサニーは、イスラム教徒となった姉になぜ改宗したのかと激しく詰め寄る。そんな弟を言葉少なに見つめ、静かに語る姉。次第に姉弟の話は自分たちを捨てた父へと及ぶが、母はそんな二人を前にただおろろするばかり。
 やがて、父の去った本当の理由が明らかになっていく……。
 ≪ここまで≫

 安物の家具が並んだ、だだっぴろくてみすぼらしいリビング。舞台奥にそびえる汚しの入った黄色い巨大な壁には圧迫感があります。下手が玄関、舞台中央(ちょっと右より)には奥の部屋へと続く廊下が見えます。ステージは下手から上手へと客席に向かって斜めに張り出しており、傾斜がついた変形八百屋舞台になっています。上手手前は床が鋭角に尖がっていますし、舞台面側には一段低い目に作られた青い床のスペースがあり、具象と抽象が混ざった美術です。

20070418_the_pit_entrance.JPG
入り口のポスター

 幕開けのドッティ(銀粉蝶)とサニー(北村有起哉)のシーンは、初日だったからか少々演技に堅さがあり、私は少しずつ作品に近づいていく体勢になってしまったのですが、ヘザー(中嶋朋子)が登場するシーンで一気に引きずりこまれました。もー次から次に涙が溢れて来ちゃって、大変(苦笑)。
 その後、私の中にはそれほど大きな波風が立つことはなく、たんたんと会話が積み上げられていきました。そして最後の最後にやってきた壮絶な結末に、笑っていいのやら泣いていいのやら・・・。少し興奮していて、はらはらして落ち着かなくて、でも舞台で起きている出来事を冷静に観察することもできているという複雑な心理状態になり、知らないうちに涙がポタポタと落ちていました。自分をコントロールすることができず漂うように感情をまかせていたら、唐突に静かなカーテンコールがやってきました。「あぁ・・・これで終わったんだ、これで良かったんだ」と、全く根拠はないのにホっと一息ついている自分に驚きましたね(苦笑)。まるで身体のど真ん中を嵐が通り過ぎたような感じでした。

 お稽古を見て筋書きを知っていたからかもしれませんが、舞台にいる3人の家族を観ながら私の思考は自分の家族、そして地球上のあらゆる人間関係へとすぐに飛んで行きました。血の繋がった家族が、どうしてこんなにお互いを恐怖し、おそるおそる様子を伺いながら、疑いながら話をしなければならなくなったのか。なぜ、誰かを敵だと思うんだろう。なぜ、誰かの自由を奪おうとするんだろう。なぜ、自分が生きるために誰かに消えてもらいたいと思うんだろう・・・。

 残酷に、無様にぶつかりあう3人は、世の中で人間が起こしている悲惨な出来事そのものです。話しても話しても確執はさらに深くなるばかりで、ありのままで居ることが相手を傷つけることになってしまいます。でも彼らは、「私はあなたを知っている。あなたも私を知っているはず。」という小さな願いを、こっそりと胸に持っているように見えました。それは他人に愛を求め、自分からも愛を与えようとする、か細いまなざしです。私たちは無意識にその気持ちを交差させているのだと思います。どこの誰と関わる時にもそれを忘れず、信じていたいと思いました。

 新国立劇場がロンドン在住のパキスタン系イギリス人のシャン・カーンさんに戯曲執筆を依頼し、日本人キャスト・スタッフによって演劇作品となり、今日、初めて世界に披露されました。違う国で生まれ育ち、違う文化を持つ人間が、協力して作ったお芝居です。3度目のカーテンコールでカーンさんが「CLEANSKINS、日本初演、光栄です」とおっしゃった時(言葉は正確ではないですが)、再び大きな拍手が起こりました。異質なもの同士が出会い、混ざりあって、デコボコしながら調和している空気がそこにありました。

 暗転が多くて流れが切れ切れになっているように感じてしまったのが残念でした。激しいアクションのシーンはまだこなれていないのかな~という印象。思わず笑っちゃうシーンも沢山ありましたが、もっと増えてもいいんじゃないかしら。今日幕が開いたばかりですから、これから良くなっていくのだろうと思います。

 「CLEANSKINS」の意味がパンフレットに載っていました⇒①きれいな肌、②焼印のない家畜、③群れからはぐれた者、④前科のない者、⑤白人のイスラーム教への改宗者

 ここからネタバレします。

 ドッティーはどう見ても普通に仕事をしてそうにありません。サニーの「でもどうせ母さんはいつも家にいるんだろ?」というセリフからわかるように、おそらく失業者なんですね。生活保護を受けて生活しているのでしょう。

 麻薬常習者になった姉ヘザーが金目のものを盗んで家出をした後、弟のサニーは怪我のためにサッカーができなくなって、姉の後を追うように麻薬常習者になります。サニーは今、イスラム排斥をスローガンに掲げる政党にのめり込んでいますが、おかげで麻薬からは更生しました。母親のドッティーとしては、今の状態で充分に幸せなのでしょう。でもそこに、同じく麻薬から更生したヘザーが、サニーの敵であるイスラム教徒の姿で登場します。

 ヘザーは家を飛び出し、ロンドンで父を探し当てたのです。サニーとヘザーの父、そしてドッティーの夫だった男とは、浅黒い肌で立派な口ひげの有るトルコ人でした。ヘザーは父の手厚い看護のおかげで麻薬から更生し、父と同じ宗教を信じるようになったのでしょう。酒を呑み暴力を振るい、家族を捨てた金髪の白人男性を父だと思って生きてきたヘザーは、母がなぜ嘘をついたのか、なぜ父を避けてきたのかを確かめるために、二度と戻らないと誓って出ていった実家を訪れます。

 そして、サニーがその事実を、姉からだけでなく母の口から知らされるのが、衝撃のラストシーンです。移民や有色人種をあれだけ差別していたサニーですから、自分自身が混血だったという事実にさらされ、彼の自尊心は崩壊して当然です。そして自分に嘘をつき続けてきた母にも絶望します。
 ドッティーがイスラム教徒のトルコ人であった夫を避けた理由も同時に明らかになります。周囲の人だけでなく実の父親、母親にも「あいのこだ、民族の恥だ」とののしられ、子供たちにはそんな思いをさせたくなかったのだと彼女は告白します。そして好きなお酒や賭け事(宝くじ)、自分の生き方を変えたくなかったとも。

 ドッティーが白人男性の立派な写真を見ながら「うーん、いつも思ってたの、この人何処の誰なんだろうって。これ、バザーで買ったのよ」とくったくなく言ったところで、会場に大笑いが起こりました。そうですよね、ほんとトボけた母さんだヨっ!(笑) でもその直後、サニーが「これ親父じゃないんだ」と2度確かめてから、ドッティーの顔を思いっきりなぐってしまうのです。床に吹っ飛んで倒れる母、必死で母をかばおうとする姉、まだ母になぐりかかろうとする弟・・・。三つ巴になって激しく絡み合う様はまさに戦場の惨劇です。3人ともが少し落ち着いてから、ヘザーが「何もかも、うまくいくはずーーーインシャアッラー。インシャアッラー」とか細い声で祈り、終幕。

 ドッティーとヘザーが数年ぶりに再会するシーンが素晴らしかったです。ヘザーに対して「どうして普通でいられないの?」というドッティーの言葉に、母親らしい悩みが表れています。「普通」という言葉は残酷ですよね。

出演=中嶋朋子/北村有起哉/銀粉蝶
脚本=シャン・カーン 翻訳=小田島恒志 演出=栗山民也 美術=島次郎 照明=勝柴次朗 音響=秦大介 衣裳=宇野善子 ヘアメイク=佐藤裕子 演出助手=宮越洋子 舞台監督=米倉幸雄 照明オペレーション=田中弘子 音響オペレーション=黒野尚 演出部=川原清徳/大野雅代/藤波三幸 プロンプター=山本美也子 美術助手=松村あや 制作助手=庭山由佳 制作担当=茂木令子 広報=高梨木綿子 芸術監督=栗山民也 主催=新国立劇場
【発売日】2007/02/12 A席5,250円 B席3,150円 Z席1,500円
公式サイト=http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/10000121.html
ぴあ=http://info.pia.co.jp/et/play-p/cleanskins/cleanskins.html

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Posted by shinobu at 2007年04月19日 01:45 | TrackBack (1)