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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2010年12月18日

Bunkamura『黴菌(ばいきん)』12/04-26シアターコクーン

 ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの新作『黴菌(ばいきん)』を拝見。昨年末に上演された『東京月光魔曲』に続く昭和三部作の第二弾です。上演時間は約3時間30分弱(途中休憩15分を含む)。⇒製作発表

 大きなお屋敷に暮らす裕福な家族と彼らを取り巻く人々の群象劇。じわじわと外堀を埋めていくようにゆっくり、しっとりと進み、最後に核心をグサリ。術中にはまって笑い泣きしました。帰りにチラシとパンフレットのビジュアルの意味がやっとわかりました。

 ロビーの売店のメニューに写真入りで“ミネストロン300円”とあったので、嬉しくなって「ミネストロンください」と言ったら、「ミネストローネ・スープをおひとつ」と言い直されて、ちょっと恥ずかしかったッス(笑)。ムード盛り上げのためにも、できれば給仕の方も“ミネストロン”でお願いしますっ!

 ⇒CoRich舞台芸術!『黴菌(ばいきん)

 ≪設定と登場人物紹介≫
 昭和20年の終戦間際の東京。脳病院や工場などを多角経営する五斜池家の邸宅。長男(山崎一)は脳病院の医師で、美しい妻(高橋惠子)と反抗的な息子(長谷川博己)がいる。自称小説家の次男(生瀬勝久)は国の要人の替え玉で、家でおとなしく暮らしている。末っ子(北村一輝)は金遣いが荒く、着飾って放蕩の限りを尽くしているようだ。
 一家の長である父親は何十年も2階にある自室から出てこない。父のことをかいがいしく世話する若い愛人(緒川たまき)は、片足が不自由な兄(仲村トオル)を大事に思っている。彼は五斜池家が経営する工場の元工員で、偶然出会った教師(ともさかりえ)と結婚するらしい。
 五斜池家の使用人は体格のいい女中(池谷のぶえ)と以前は脳病院の患者だった男(小松和重)。長男が空襲で自宅を失った夫婦(岡田義徳&犬山イヌコ)を逗留させるところから物語が始まる。
 ≪ここまで≫

 舞台は上品な木製家具が並ぶ豪華な洋館。柱はあるものの壁がほぼない状態なので、抜け感が気持ちいいです。空間のど真ん中には立派な石造り(に見える)の渡り廊下が舞台を横切ります。舞台奥には桜の咲く広い庭。下手奥に脳病院があり、下手手前には地下室への階段。上手手前には廊下が伸びて、その先に玄関がある設定です。

 敗戦の色が濃くなってきた日本には不似合いな、贅沢ずくしの日常生活。五斜池家の人々の豪華で美しい衣裳に、使用人の粗末な日常着、兵隊の軍服、警察官の制服、脳病患者の寝巻き(?)などが混在します。人間の悲しさ、恐ろしさ、滑稽さを静かに笑うような6/8拍子の音楽が、荘厳さもあってすごくいい。

 役人物としての面白みと、演じる役者さんのパーソナリティーゆえの面白みが交互に、小刻みに繰り出され、舞台上にいる一人ひとりを個別に注目して鑑賞するような感覚でした。大がかりな事件が目に見えて次々と起こるスペクタクルではないので、ストーリー展開の吸引力はそれほど強くなく、人物のあり方、関係などをしっとり楽しみました。それが最後の最後にくるりと丸くまとまって、1つの家族の話として私の胸の奥にストンと落ちたのです。
 さりげない言葉のやりとりの中に散らばっていた重要なパーツを頭の中でかき集め、ああ、あの人は本当はこんな人だったのか・・・・など、劇場からの帰り道で一つの筋の通ったお話として、しみじみ反芻しました。

 レビューの続きを書こうとすると、「あの場面のあの役者さんの、あのセリフと動きが面白かった!」など、具体的なことばかり思い浮かんでくるので、なぜなのかを考えてみました。
 演劇ジャーナリストの徳永京子さんが当日パンフレットに既に書かれていることで、私が新たに発見したわけではないのですが、ケラさんは役者さんがもともと持っている個性や魅力を、観客が存分に味わえるように、座組みに合わせた作・演出をされる方なのだと思います。

 たとえば北村一輝さんのハンサムでセクシーで危険な香りがするルックス、しゃべる言葉がミステリアスに響く(嘘っぽいとも言える)ことを、北村さんが演じる役柄に反映させ、同時に北村さんご自身を面白く見えるようにもするのです。観客は物語の登場人物と俳優個人の両方と出会い、その2人(以上)が混ざったキャラクターを楽しむことになります。
 役者さんが厳密な意味で役人物になりきっていない(そんなことは演出家が最初から求めていない)とも言えますが、その役者さんにしか演じられない書き下ろし脚本だからこその贅沢さがあり、その二重構造を解き明かしていく頭脳戦のような楽しみもあります(どこからどこまでが役者さんの素で、役柄のフィクションなのか)。
 ナイロン100℃やオリガト・プラスティコ、その他のプロデュース公演や映画、音楽創作など、ケラさんの活動は多岐にわたります。今作は大スターの豪華な競演に期待する観客がシアターコクーンいっぱいに集まっているのですから、サービス精神の大盤振る舞いとも言えますよね。その場、その時に最適な作品をその都度新たに生み出していく、プロ意識の高いアーティストだと思いました。

 稽古場で役者さんを観察しながら台本を加筆、修正していくのですから、どうしても遅筆になってしまうのでしょうね(想像にすぎませんが)。出演者全員について心を配っている脚本でした。だから必要不可欠とは言い切れない場面や、セリフのやりとり、間(ま)などはあったと思います。長時間の観劇を覚悟していたので不快感は全くなかったですが、休憩込みで3時間半という長さを、短く凝縮することはできるだろうと思います。

 ケラさんがチェーホフ作品を本格的に引用して、独自の味わいを付加されていること(もしくはケラさんの作風にチェーホフ的な要素を取り込んだこと)がすごく面白かったです。また、この舞台に出ている役者さん全員について、好き度(もともと好きだった気持ち)が少しずつアップしました。例えば今後、映画で仲村トオルさんを見たら、必ず今回のキュートで乱暴な兄役を思い出すだろうと思います。

 ケラさんのバンド“ケラ&ザ・シンセサイザーズ”の新譜「Body and Song」がロビーで販売されています。やばい、歌詞が沁みるー!!
 

Body and Song
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ケラ&ザ・シンセサイザーズ
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 ミネストロンは温かくて美味しかったです。300円はお買い得♪テーブルに集まった見知らぬ観客4人が全員ミネストロンをいただいてました。休憩時間はミネストロン人口高し。

 ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。

 オープニングはおなじみのKeralino Sandrovich Theatricalの映像(上田大樹)。白い線が立体的な建物を描いていくのが、シンプルながらかっこいい!出演者の名前も動画に組み込まれていて、たとえば「池谷のぶえ」が屋根に押されて小さくなるのが可愛かった♪

 桜の下に埋められた白骨は幼くして亡くなった三男のもの。長男が重症の脳病患者の病室の鍵を盗み、次男がその鍵で開けてはいけない部屋のドアを開け、巻き込まれた三男が部屋から出てきた患者に殺されてしまいました。それ以来、父親は家族と会うことをやめてしまい、次男は自責の念に駆られずっと苦しんできました。長男は精神面の弱さゆえか、「役に立つ人間になりたい」との思いから、新薬開発のために患者を使った人体実験を繰り返しています。四男はというと、「三男は優しくていい奴だった」という思い出だけが残っていました。

 でも、三男が病院に入ったのは、四男が大好きだった野良犬を追いかけて行ったためだったことがわかります(犬は四男と一緒に遊んでいる最中に行方不明になっていた)。三男が死んだ本当の原因は自分だったと知った四男は、人生で2度目の涙を流します(1度めは三男が死んだ時)。ぼろぼろに泣き崩れる四男を見るだけで胸にジンと来るものがあるのですが、さらにダメ押しだったのは、四男が犬猿の仲だった次男に向かって「もっと早く言って欲しかった。そうすればにいちゃん(次男)はこんなに苦しまなくて良かったのに」と言ったこと。もーなんてイイ奴なんだ四男!見かけは完全な放蕩ダメ男なのに!!女中(実は大金持ちの令嬢)の「世界は広いんです」というセリフがここでもまたリフレイン。人は見かけじゃないし、誰も他人の心を理解することなんてできないんですよね。それでも一緒に生きていくんだけど。

 チェーホフの戯曲がもとになっているのであろうエピソードがいっぱい。たとえば夭逝した息子の影がちらつき、一家が破産して邸宅が競売にかかるのは『桜の園』、一方通行の恋がいくつも生まれ、「本の102(?)ページを見て」と告白するのは『かもめ』、三人の兄弟がそろって「これからどうやって生きていけばいいんだろう」と惑うラストは『三人姉妹』。

 仲村トオルさんはトボけた善人キャラ炸裂。笑いすぎました。あわててぐるりと一周した場面、忘れません。
 女中役の池谷のぶえさんはおさげ髪に着物姿。おどおどしたキャラは面白いだけでなく、めっちゃくちゃ可愛かったです。
 高橋惠子さんは複数のキスシーンあり(北村一輝さんと山崎一さん)。“ザ・女優”。美しいです。
 父親(山崎一)に反発する息子役の長谷川博己さん。あんなに尖がってて童貞て(笑)。ギャップ萌えです。

[出演]北村一輝 / 仲村トオル / ともさかりえ / 岡田義徳 / 犬山イヌコ / みのすけ / 小松和重 / 池谷のぶえ / 長谷川博己 / 緒川たまき / 山崎一 / 高橋惠子 / 生瀬勝久
脚本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 音楽:齋藤ネコ 美術:伊藤雅子 照明:関口裕二 映像:上田大樹 音響:水越佳一 衣裳:小峰リリー ヘアメイク:宮内宏明 演出助手:坂本聖子 石内詠子 舞台監督:福沢諭志 主催・企画・製作:Bunkamura
一般発売2010/10/2(土) 特設S¥9,500 S¥9,500 A¥7,500 コクーンシート¥5,000 (税込) 小学生未満は入場不可。舞台に近い前方のエリアを通し番号で販売します。お席は当日劇場にてご確認ください。連番でご購入なさってもお席が離れる場合がございます。椅子が通常の形状と異なります。
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/shosai_10_baikin.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2010年12月18日 13:39 | TrackBack (0)