2010年07月16日
シス・カンパニー『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』06/17-07/19シアタートラム
「出演:堤真一、小泉今日子、大森南朋」ということで、壁際には立ち見のお客様がぎっしりのシアタートラム。上演時間は約1時間50分。
ピーターとジェリーという2人の男性が登場する『動物園物語』は、1985年初演のアメリカ戯曲。日本でも再演が繰り返される名作で、劇作家エドワード・オルビーさんの処女戯曲なんですね。
本邦初演となる『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』は、『動物園物語』の前に、ピーターが家で妻と会話をする短編『ホームライフ』を、オルビー自身が書き加えたものです。25年前の作品に本人が“前編”を追加するなんて珍しいことだと思います。
シス・カンパニー公演はパンフレットがお手頃価格で助かります。今回は700円でした。
⇒CoRich舞台芸術!『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』
あらすじ等は公式サイトでどうぞ。
音楽も照明も装置もとてもセンスが良くて、「あぁ小さな劇場で贅沢な芝居を観られて嬉しいなぁ~♪」というのが第一の感想でした。
千葉さんの演出は「舞台にいる人間の行動に無理がないこと」が前提になっており、また観客が飽きずに見続けられるようなエンタメ要素も丁寧に配分されていたように思います。不条理劇と呼ばれる戯曲ですが、娯楽として楽しみつつ、自分にも起こるかもしれない身近な話だと感じました。
ただ、前半の夫婦の会話は演技が「何かの振りをしている(あらかじめ決められたように演技をしている)」ように見えて、ぎくしゃくした印象が最後までぬぐえず、私には期待したような面白みは感じらませんでした。
でも後半の『動物園物語』では、『ホームライフ』でピーターのバックグラウンドが示されたおかげで、ピーターがベンチを立ち去らないことを不自然に感じなかったし、ジェリーの孤独、そして彼が誰かと本気で関わることを渇望していたことがわかりました。“ジェリーと大家の飼い犬の話”にも、2人の出会いの顛末にも、すっかり納得できました。この戯曲が不条理劇だと思えなくなったぐらいです。
ここからネタバレします。
■『ホームライフ』
四角いステージは三方から客席が囲みます。実は中央の床がごっそり抜けていて、大きく穴が空いている状態。そこからある家庭のリビングルームがゴゴーーっとせり上がってくるという、動きのあるオープニングに興奮。
オレンジ色のカーペットにターコイズ色のドア。緑のヘンな動物型のイス、白いソファなど、カラフルでスノッブな家財道具から夫ピーター(小堤真一)と妻アン(小泉今日子)の生活レベルがわかります。インテリである程度裕福ですよね
壁に空いた丸い穴から除く街灯の明かりが、抽象的な広がりを感じさせてくれました。
妻の母が「浮気をする決心をした」らしく、妻は安心だけど刺激がない結婚生活に波風を立てようとします。割礼から乱交パーティー、ア●ルセックスにまで話が広がるのには少々驚きました(笑)。アメリカ人っぽいな~。
■『動物園物語』
リビングルームが沈んで壁が客席の方に倒れ、公園が現れるのに再び興奮。中央と上手側に計2つのベンチがあったのがいいですね。色んな体勢がとれるのでジェリーとピーターの動きにリズムが生まれていました。ゴミ箱の黒いごみ袋を“大家の犬”に見立てるのもわかりやすくて良かったです。
ピーターが見ず知らずの不気味な男ジェリーとずっと話している気になったのは、妻に初めて若い頃のセックス体験などを話したり、「情熱が欲しい」「なにか悪いことをしたい」といった、今の自分を打ち破ろうとする冒険心が生まれたからなんでしょうね。『動物園物語』は数回観ていますが、ピーターがジェリーから離れようとしないのを、不自然に感じなかったのは初めてです。
不幸な家庭環境で育ったジェリーは、自分を噛んでくる犬を毒殺しようとします。そうすることでジェリーは本気で他者(犬)とかかわろうとしたんじゃないでしょうか。でも犬は死ななかったので、彼の願いは成就せず。
ジェリーとピーターが本気でベンチを取り合ったことで、ジェリーはピーターを“植物”ではなく“動物”だと認めたんだと思います。ジェリーはピーターとかかわり合えたと感じて、ある意味、満足して死を選んだんじゃないかと思いました。「・・・あれ?」という感じでナイフが刺さる演出もいいですね。
大森南朋さんの演技は、時々言葉が聞こえづらいと感じることもありましたが、体と感情のズレが目立たなかったので、スっと寄り添って見つめることが出来ました。
「第一幕 ホームライフ」出演:堤真一 小泉今日子
「第二幕 動物園物語」出演:堤真一 大森南朋
脚本:エドワード・オルビー 演出:千葉哲也作 翻訳:徐賀世子 美術:松井るみ 照明:笠原俊幸 音響:加藤温 衣裳:伊賀大介 ヘアメイクデザイン:勇見勝彦 演出助手:西祐子 舞台監督:瀧原寿子 プロデューサー:北村明子 提携:財団法人せたがや文化財団 後援:世田谷区 企画・製作:シス・カンパニ―
【発売日】2010/05/15 (全席指定・税込)¥7,000
http://www.siscompany.com/03produce/28athome/
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Bunkamura『ファウストの悲劇』07/04-25シアターコクーン
野村萬斎さん主演、蜷川幸雄さん演出作品です。豪華キャストですし今月の目玉公演ですよね。
『ファウストの悲劇』はシェイクピアと同時代の劇作家クリストファー・マーロウの戯曲で、1594年頃に上演された記録があるそうです(⇒劇場サイトより)。悪魔に魂を売った男“ファウスト”といえばゲーテの作品も有名ですが(⇒過去レビュー)、マーロウの『ファウスト…』の方が以前に書かれたものなんですね。
劇場に入ると客席周囲に赤い提灯がともり、舞台は定式幕で閉じられていました。…英国戯曲なのに!そして幕が開くと…チラシのビジュアルどおりのまがまがしさ全開!絵に描いたような悪魔も登場(笑)!と~~っても面白かったです。S席9500円という高額チケットですがこの内容だったら納得。上演時間は約2時間55分(途中休憩20分を含む)。
⇒舞台写真をぜひ見てください!
⇒観劇レポート(尾上そら)
⇒CoRich舞台芸術!『ファウストの悲劇』
≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。
ドイツ・ヴィッテンベルグの大学教授・ファウスト博士(野村萬斎)は神学の最高権威として尊敬されていた。しかし、神学にも哲学にも医学にも法学にも飽き足らず、ついに魔術にふけるようになる。善天使の忠告にも耳を貸さない。大魔王ベルゼバブ(マメ山田)こそ、我が主、地獄落ちなど恐れないと宣言し、ベルゼバブの手下、悪魔メフィストフェレス(勝村政信)を呼び出し、恐ろしい契約を結んでしまう。その契約とは己の魂を悪魔に渡すかわりに、生きているうちはやりたい放題をすること。メフィストフェレスはそれを全て叶え、ファウストに忠実に仕えること。絶大な力を手にしたファウストは、竜の引く車で天空をかけ、宇宙の真理を探り、古代の詩人を訪ね、ヨーロッパ中を見物し、冒険を重ねる。ギリシャ一の美女、トロイ戦争の原因ともなったヘレナ(鈴木彰紀)さえ恋人にする。しかし、時が迫り、命が尽きようとする時、ファウストは、心から後悔し始めて・・・。
≪ここまで≫
悪魔や天使がよく目にする姿格好(悪魔なら全身タイツに角、羽根、しっぽがあり「イッヒッヒ」と不気味な笑みを浮かべる等)で登場します・・・!直接こんな状態だとちょっと引いちゃいますが(笑)、「ある歌舞伎の一座で上演される『ファウストの悲劇』」という入れ子構造になっていて、劇中劇として観られるので、ぶっ飛んだ世界を“気軽な観客”の立場で観劇できました。
ファウスト(野村萬斎)は約束の24年後まで、放蕩の限りを尽くします。彼が起こす事件は基本的にばかばかしくて愉快(笑)。装置、衣装、照明がこれでもか!というほど豪華絢爛で、悪魔のフライングあり、火花(花火?)あり、スモークありの派手な演出は「(観客が味わう)放蕩」をあらわしているように思いました。選曲はよく耳にする有名な音楽が多く、「大衆的な娯楽」「快楽」のイメージに合っています。
漫画のようにわかりやすい「悪魔(的)世界」が大っぴらに繰り広げられる一方で、ファウストの寂しさや後悔の気持ちが消えることなく漂っていました。贅沢な舞台を楽しみつつ、終盤では「架空の劇を見ている」ことを忘れ、苦悩する主人公ファウストにすっかり感情移入していました。
野村萬斎さんと勝村政信さんのタンゴがも~~~~~~~っ、エッチすぎ!悩殺されまくりでした!DVDが出たら絶対買います(笑)。
個人的には長塚圭史さんの演技の仕方(舞台での存在の仕方)が一番好きでした。セリフの意味はもちろんですが、一単語、一音を大事にして、はっきりと聴こえる言葉であせらずに伝えてくださいます。観客に向かって発信するだけでなく、観客の息を感じて体に入れて、同じ空気を一緒に呼吸している感覚。双方向なんですよね。私はこういう演技を「透き通っている」とか「きれい」だとか言ってたのかもしれません。
ここからネタバレします。
赤、青などの照明の中、おどろおどろしい悪魔たちが飛びます。そんな“いかにもな地獄”の奥に、舞台裏が透けて見える仕掛けになっています。着物にかつら姿の人々が思い思いに準備をしている様が、『ファウスト…』と同時進行するのは刺激的!ステージの床の下も見えるのがとても面白いです。勝村さんの着替えとか(笑)。
タンゴは萬斎さんが女性、勝村さんが男性の振付で踊ります。金髪で白いメイクの萬斎さんはステップがめちゃかっこよくて、顔には口ひげがあるものの、なまめかしい婦人に見えて・・・超~~~色っぽい!踊り終わって勝村さんが萬斎さんに赤い着物を羽織らせるところなんて・・・キャーーーーーっ!!目が釘付けどころじゃなかったですっ。その後もお2人は愛し合うカップルのような素振りを見せてくれまして、もう、終始ドキドキでした(笑)。
ステップといえば、ファウストがベンヴォーリオ(長塚圭史)に首を切り落とされたものの、平気でよみがえって起き上がる際、靴で床をカツーン!と踏み鳴らすんです。その一瞬の動きにゾクゾクしました。瞬間的な動きの力強さ、美しさは、伝統芸能の俳優だから見せていただけるのだと思います。
とうとう魂を奪われる日を迎えたファウストは、残された時間を数えながら苦しみます。萬斎さんの独壇場。見事でした。結局、契約通りにファウストは地獄堕ちになりますが、“地獄”がそれまでに出てきた“地獄”と同じだったのはちょっと肩すかし。照明の色や装置を変えちゃっても良かったんじゃないかと思いました。
ゲーテの『ファウスト』ではマルガレーテに恋をしてからファウストは後悔をします。でも今作では契約をした途端に、もう後悔が始まっていました。“24年間の悦楽”といっても常に恐怖と隣り合わせですから、ファウストは自分が望んだものは得られなかった。何かを犠牲にして得た幸せは「幸せ」ではなく、所詮「何かを犠牲にした幸せ」なんだなと思いました。
小さな俳優、マメ山田さんの七変化を堪能!ベルゼバブ大王(ちゃんとハエだった・笑)とか、小さな王女とか、店員とか・・・独特の可愛いらしさが可笑しさにもつながります。
蜷川さんの舞台によく出演されている二反田雅澄さんにも目が行きました。ここ数作、面白い人だな~と思ったら二反田さんなんですよね。善天使(清家栄一)と対になってフライングして登場する悪天使役は顔の向きが絶妙(笑)。ボッティチェリ画「ビーナスの誕生」の左側に飛んでいる“西風の神”を思い出しました。
出演:野村萬斎 勝村政信 長塚圭史 木場勝己 白井晃 たかお鷹 横田栄司 斎藤洋介 大門伍朗 マメ山田 日野利彦 大川ヒロキ 二反田雅澄 清家栄一 星智也 市川夏江 大林素子 時田光洋 中野富吉 大橋一輝 手打隆盛 鈴木彰紀 川崎誠司 浦野真介 堀源起 澤魁士
脚本:クリストファー・マーロウ 翻訳:河合祥一郎 演出:蜷川幸雄 美術:中越司 照明:服部基 衣裳:小峰リリー 音響:井上正弘 ヘアメイク:武田千巻 音楽:かみむら周平 所作指導・振付:花柳寿楽 演出補:井上尊晶 演出助手:大河内直子 藤田俊太郎 衣裳助手:沼田和子 所作指導・振付助手:藤間貴雅 美術助手:中西紀恵 舞台監督:芳谷研 主催・企画・製作:Bunkamura
【休演日】7/6,12,19【発売日】2010/05/15 S9,500円 A7,500円 コクーンシート5,000円 (税込)
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/shosai_10_faust.html
※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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