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2010年10月30日

【稽古場レポート】Bunkamura『タンゴ-TANGO-』10/24 Bunkamuraシアターコクーン稽古場(後編)

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長塚圭史さん (c)渞忠之

 『タンゴ』の稽古場見学の後で、演出の長塚圭史さんにインタビューをさせていただきました(⇒海外研修報告会レポート)。

 この戯曲および過激な主人公アルトゥルに魅せられたことや、俳優への信用と挑戦について、率直にお話ししてくださいました。

 ●Bunkamura『タンゴ-TANGO-』
  11/05-24 Bunkamuraシアターコクーン
  チケット:特設S席9,000円 S席9,000円 A席7,000円 コクーンシート5,000円
  ⇒劇場公式サイト ⇒公式特集ページ
  ⇒公演公式ツイッター@tango_stage
  ⇒CoRich舞台芸術!『タンゴ-TANGO-

■俳優生理がしっかりしていれば関係性は見える

 ―立ち位置や動く方向を決めずに、同じ場面の稽古を繰り返してらっしゃいましたね。

 長塚「そういう要素をどんどん決めて構築していくような稽古は、今はしてないんです。俳優が自分たちで発見していくのが一番いいと思ってるんですよね。もちろん作品の見栄えなどには、最終的には僕の意図が入ってくるんだけど、僕自身あんまり立ち位置に対する情熱みたいなものがないんです。登場人物の関係性を立ち位置によって示す手法はあるにはあるんですけど、別にそれは守らなくても、俳優生理がしっかりしてればちゃんと関係は見えると思っていて。」

 ―俳優が自由自在に動いて、新しいことにもチャレンジしているのは、皆さんが演じる役人物を自分のものにできているからではないかと思いました。これまでのお稽古で、丁寧な本読みや議論を重ねられたのではないですか?

 長塚「稽古日数が少ないので、あわてて作らないようにはしていて。時間が足りないのもあって議論はあまりしてないですね。どちらかというと、俳優が体で自分の行なっていることを発見していく稽古をしています。
 たとえば本読みは、アルトゥル役の(森山)未來を真ん中に座らせて、長机で四方を檻のように囲い、他のみんなは周りに座ります。その形で読むことで、言葉の矛先がどこに向かっていて、誰に伝えたいのかをはっきりさせていく。アルトゥルのセリフは圧倒的な量がありますからね。彼は真ん中にポツンといて、もうイジメみたい(笑)。次の段階になると、周囲の人は長机の上に立ったり、机を超えて中に入って行ってもいいことにして、でもアルトゥルだけはテーブルに関わらない、とか。特殊な本読みと立ち稽古を重ねて行って、その場で何が会話されているかを掴むというか。」

【長塚圭史さん 写真:(c)渞忠之】
tango_nagatsuka.jpg

■俳優から生まれてくる視点を生かしたい

 ―今回の舞台は客席方向に大きく張り出した形で、ボクシングの真っ四角のリングのようにも見えました。こんな装置になることを俳優には早めに伝えていたんですか?

 長塚「いいえ、それは明かさずにやってきました(「それは最近になって俳優に伝えられた情報です」とプロデューサーが補足)。無秩序状態と秩序状態がこの話の入口になっていて、どうやったらそれを体感できるのかを探りながら作ってきたんです。舞台(の形状)が決まると、登場人物同士が内側の関係値を獲得する前に、外側を見せることを考えちゃうんですよね。僕はそれがちょっと嫌だったんです。この芝居はギリギリの不安感、危うさの中でやっていきたい。この戯曲を、上演して紹介するだけになるのはつまらないと思うし。
 特に今回の俳優さんはすごく経験値の高い方々だから、演技の方法や形が決まったり、出来あがっていっちゃう可能性がある。もちろん技術のある方々だから、色んなことが決まっていった中でも新鮮さを保つ方法を知っているし、それを実行することもできるんだけど。僕にはやはり、どこかに余白を残したいという気持ちがあって。」

 ―俳優ひとりひとりが全体に気を配って、常に神経を広域に渡って尖がらせているように感じました。刺激的でとても面白かったです。

 長塚「それが余白なんです。全て決まりごとで出来ていくことには、僕はなんだか、あんまり納得できないんですよね。最低限のラインはこれから決まって行くと思うんですけど。この間の『ハーパー・リーガン』でもあんまり決めてないんですよ。『立ち位置をこうしてくれ』って言ったことはない。『こうやってみたら?わかんないけど』とか『それ、やめてみたら?』とか言うぐらいで(笑)。装置の性質上、最終的には厳密なところまで決めましたけど、稽古では特に何も言わなかった。
 俳優さんたちを駒のように動かすのはもともと嫌だったんです。それに俳優は、考えるから。演出家の僕よりも自分の役のことを考えていることもありますし、役人物の視点から見られるのは、その役を演じる俳優だけだから。それはやっぱり力だと思うんですよね。僕が自分の解釈を押し付けるよりも、彼らから生まれてくる視点を生かしたい。」

 ―それは俳優への信用ゆえ、ですか?

 長塚「信用と、コミットしてくれてるから、ですね。気が休まることがないので、今回の俳優さんたちは『こんなに疲れる芝居はない』と言ってるみたいだけど(笑)。いや、もちろん僕も大変ですよ(笑)。言葉の難しい翻訳戯曲だけど、人間本来の愚かしさには普遍性がある。そんな枠組みを大きくとらえつつ、即興的に演出することもあるので。バランスを考えながらね。」


■馬鹿馬鹿しくしようとしなければしないほど、面白い

 ―戯曲『タンゴ』に出会ったきっかけは何ですか?

 長塚「シアターコクーンのプロデューサーに勧められて、何作か読んだ内の1本です。一発で惹かれたんです。かなりの勇気だなと思ったし。『これコクーンでやるの?』ってね(笑)。」

 ―台本を2度ほど読んで、ここには人間の理性と感情の原則が描かれているように思いました。

 長塚「作者のムロジェックは風刺作家というか、政治や世間の矛盾、人間存在そのものを馬鹿にしたり、その愚かしさをテーマに色んなものを書いています。『タンゴ』でも歴史と循環、人間がさまざまなことを繰り返してしまう愚かさを描いていると思います。
 (僕が自分で)喜劇と言ってますが、大変な、芝居です。でも入り込めば入り込むほど、あるいびつさ、おかしさが出てくる。笑っちゃう人は笑っちゃうかもしれないけど、ずっと怖いと感じている人もいるかもしれない。笑ってしまうのも怖いし、怖がるのもおかしい。そんな戯曲じゃないですかね。馬鹿馬鹿しくしようとしなければしないほど、面白いんです。まじめにやればやるほど、おかしい。」

【森山未來さん 写真:(c)渞忠之】
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■アルトゥルは自分の分身

 ―主人公アルトゥルの突飛で過激ともいえる行動が、周囲の人間を振り回し、空気を激しく揺さぶり、物語を突き進めていきますね。

 長塚「アルトゥルは『自分が誰なのかわからない!』『このままじゃだめだ!』『僕は何かを表したい!』といった気持ちから、自分が確かに存在するために、ある種の理想を掲げて行動を起こした。僕は芸術表現も一緒だと思うんです。既に色んなものがある中で、誰もが新しいもの、独創的なものを作りたいと思っている。そういう衝動は、作り手や表現者にはわかるところがあるんじゃないのかな。僕にはすごくわかるんです。若い人たちの内部にも起こり得ると思う。今日もイスに座っている未來が、今の若者の姿に見えて仕方なかったんだよね。若者が『俺の言うことを、聴け!』と叫んでるようで。」

 ―つまり今の若者が考え、欲していることを、アルトゥルがやっているということですか?

 長塚「誰もやらないんだけど、彼は、やる。アルトゥルはやるんです。何かをしよう、何かしてやろうと声に出して、一生懸命に敵を作って、実際に行動を起こし、挫折して、でも再び・・・という姿は、自分の分身を見ているような気持ちになる。彼は理想を徹底的に突き詰め、自分を追い込んでいきます。その雄姿には僕が嫉妬してしまうような美しさがあって、同時に恐ろしさもあるんだけれど。ヒリヒリ、ぞわぞわと感じさせてくれるんです。」


■何か手に掴めないものをやろうとしてる。だけどきっと掴めると思ってる。

 ―最後に、アルトゥル役を演じる森山未來さんについて、長塚さんの印象を教えてください。

 長塚「この作品を読んだ時、真っ先に思いついたのが彼でした。彼には常に色んなものに反発したいという気持ちがある。何かに抗おう、抗おうとしている姿を見ていて、とてもいとおしく思っていたんです。もちろん舞台上でも凄いし。
 肉体の使い方も含めて、僕があんまり出会ったことのないタイプの俳優ですね。たとえばコメディーをやる時は、どこか新鮮な反応で笑わせようとしてるんです。新鮮な反応じゃない(そういう演技が求められない)ところは、不満足そうにやってる。そんな危うさや反抗心が表にどんどん出ちゃってるというか、素直ですよね。
 彼は僕の最近の劇団公演『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』が割と気に入っていて、『長塚圭史も何かに反発してる』と思ったんでしょうね。『何か手に掴めないものをやろうとしてる。だけどきっと掴めると思ってる』という風に、僕のことを思ってくれたみたいで。だから、毎日ヒリヒリしながら彼のことを見てますよ(笑)。」


●稽古場取材とインタビューを終えて

 先日の日本劇作家協会主催「劇作家大放談会」でも感じたことですが、長塚さんはとても紳士的な、優しい話し方をされる男性でした。声がきれいで語り口が上品なので、ずっと聴いていたくなります。稽古場にいるキャスト、スタッフに対するのと同様、インタビュアーの私にも変わらない姿勢で、とても気さくに、思いのままを誠実に話してくださったように感じました。サービス過剰にならず、近寄りがたい印象にもならないのは、ご自身の居場所がはっきりとしていて、ゆるがないからだろうと思います。

 阿佐ヶ谷スパイダースの公演や外部の作・演出作品など、長塚さんの作品は2000年から拝見してきました。海外戯曲の演出は『ウィー・トーマス』(再演も)『ピローマン』『エドモンド』『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』を経て、前述の『ハーパー・リーガン』、そして今作『タンゴ』です。
 『ハーパー…』は私にとって演出家・長塚圭史というアーティストを改めて発見し直すことができた、高品質の素晴らしいお芝居でした。今回の稽古場見学で、俳優を信用し、その場で生み出されるものに賭ける演出手腕への期待はさらに高まりました。俳優という職業への興味、期待、そして私の中にある羨望に似たこがれるような気持ちも再確認。俳優ってなんて幸福な、なんて過酷な人生なんだろう。

 『タンゴ』はきっとどのステージを観ても、何が起こるか分からないスリルに満ちているでしょう。笑っていいのか恐れていいのか戸惑ってしまうような、愚かしい人間の争いが生々しく描かれる中、森山さん演じるアルトゥルが観客の心をヒリヒリさせてくれることと思います。

≪東京、大阪≫
出演:森山未來、奥村佳恵、吉田鋼太郎、秋山菜津子、片桐はいり、辻萬長、橋本さとし
作:S.ムロジェック 翻訳:米川和夫/工藤幸雄 演出:長塚圭史 主催:Bunkamura
一般発売2010/8/21(土) 特設S¥9,000 S¥9,000 A¥7,000 コクーンシート¥5,000 (税込)
〈特設S席に関して〉舞台に近い前方のエリアを通し番号で販売します。お席は当日劇場にてご確認ください。連番でご購入なさってもお席が離れる場合がございます。椅子が通常の形状と異なります。
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/shosai_10_tango.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 19:55 | TrackBack

【稽古場レポート】Bunkamura『タンゴ-TANGO-』10/24 Bunkamuraシアターコクーン稽古場(前編)

 ポーランドの劇作家ムロジェックさんの1965年初演戯曲『タンゴ』を、長塚圭史さんが演出されます(⇒海外研修報告会レポート) シアターコクーンプロデュース初出演となる主演の森山未來さんをはじめ、手練れぞろいの豪華キャスト公演です。

 7人の少数精鋭の俳優が手抜き一切なしで闘い続ける稽古場を、8時間みっちり見学させていただきました。前編は稽古場レポート、後編には長塚さんのインタビューを掲載します。

 ●Bunkamura『タンゴ -TANGO-』
  11/05-24Bunkamuraシアターコクーン
  チケット:特設S席9,000円 S席9,000円 A席7,000円 コクーンシート5,000円
  ⇒劇場公式サイト ⇒公式特集ページ
  ⇒公演公式ツイッター@tango_stage
  ⇒CoRich舞台芸術!『タンゴ-TANGO-

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。
 散らかり放題の部屋で、アルトゥル(森山未來)は怒りに打ち震えている。賭け事に熱中し、アルトゥルの戒めもどこ吹く風の祖母エウゲーニャ(片桐はいり)。万事が事なかれ主義の叔父エウゲーニュシュ(辻萬長)。しかし最も許しがたいのは、彼らと共にトランプに興じている野卑で無教養な男・エーデック(橋本さとし)だ。若かりし頃〝破壊と解放〟を旗印に、〝伝統〟を破壊しつくした父・ストーミル(吉田鋼太郎)は今や嬉々として実験演劇を繰り返す。女盛りの母・エレオノーラ(秋山菜津子)はこともあろうにエーデックとの男女の仲を鷹揚ににおわせる。堕落しきった皆を救うべく世界秩序の再建計画に邁進するアルトゥルを惑わせるのは、美しい従妹・アラ(奥村佳恵)の存在だ。理論が通じないアラの奔放さに手を焼きつつ、彼女と〝伝統的な手法で結婚〟をすることで家族に一泡ふかせようと、滑稽で熱心なプロポーズをはじめるが・・・。暴走するアルトゥルは【秩序】と【愛】を手に入れることができるのか!?
 ≪ここまで≫ 

 11時半ごろに稽古場に伺うと、役者さんはそれぞれにストレッチ運動などで体の調整をしたり、セリフを小声で繰り返して確認していたり。7人の出演者以外は、演出の長塚さん、舞台監督、舞台監督助手、演出助手、音響、衣装、制作、演出部の方々など、出演者よりも大人数のスタッフさんが見守っています。たくさんの人が集まっているのにとても静か。演劇の稽古場の密度の高い空気には、いつも身の引き締まる思いがします。

 12時過ぎから稽古が始まりました。まずはウォームアップを兼ねているのであろう、ボールを使ったゲームから。7人全員が輪になって、演じる役名で相手の名前を呼びながら、1つのバレーボールでキャッチボールをします。投げる順番も相手も決まっているようです。しばらく見てると、単純なルールではないことがわかってきました。役名を呼ぶのと、ボールを投げるのとは、別々の行為のようなのです。さらに指でパチンと音を鳴らすフィンガースナップ(指パッチン)や、決まった誰かの方向へ歩いていく動作も加わって、3~4つの要素がぐるぐると回って行きます。※説明が下手ですみません。

 長塚さんがおっしゃるには「イギリスで教えてもらって、自分でやってみて面白かったから。やってみたらわかるだろうけど、一瞬も気が休めない」とのこと。同時に何種類もの予想の出来ない動作を行うので、集中力が必要です。常に全体を見て、順番を間違えずに言葉や動きをコントロールし続けなければなりません。間違った後にどうやって立て直すかで、自主性やコミュニケーション能力も問われます。見学席でじっと見ているだけで頭がグツグツ沸騰しそうな気分になりました(苦笑)。

【稽古場を俯瞰 写真:(c)渞忠之】
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 20分間ほどゲームをしてから、少々の休憩の後に第3幕の立ち稽古に突入。青年アルトゥル(森山未來)とその従妹アラ(奥村佳恵)の結婚式を控え、当人以外の家族が記念写真を撮る場面です。台本を読んでから伺いましたので、文字が立体的に立ちあがって行くことにちょっと興奮。想像していたよりもずっとコミカルです。
 途中で長塚さんが演技を止めて、少しフィードバックをしてからまた同じ場面を最初からやることに。すると、1回目と立ち居地も動きも違うのです。たしかあそこではイスに座ってたはずなのに、今度は座ってない・・・もしかしてまだ動きが決まってないのかしら、と様子をうかがっていると、また区切りのいいところで止めて、最初から。3回目は演技に新しいアイデアが増えていて、座る、立つなど以外に誰かに触る、動かすなどの行為も加わってきました。さらには撮影場面で使っていたカメラとイスの位置もガラリと変わり、役者さんと長塚さんが次々と自由に試していっていることがわかりました。

 フィードバックの時間は静かな会議のよう。長塚さんは演出席を立って、役者さんの輪の中に入っていきます。それぞれの反応を見ながら息を合わせるようにして、柔らかい声で、登場人物の思いやその背景について話されます。演技の方法を決めるのではなく、行動の裏にあるストーリーや心情を提案するにとどめ、具体的な方法は役者さんが選ぶんですね。動きや段取りについて決める時も、何種類かチャレンジした後に、微調整をする程度です。
 長塚さんは役者さんに質問をしたら、役者さんが返答するまで黙って待っています。その時間をあせらず、長く取ってらっしゃるようです。役者さんはじっくり考えてから頷いたり、返事をしたり。ほんの数分間ですが1対1の本音の会話がありました。周囲の役者さんもそれをじっと見て、聴いています。具体的な言葉や目に見えるもの・ことではなく、何かがこの座組の奥に蓄積されていっているように感じました。

 アルトゥルの父ストーミルを演じる吉田鋼太郎さんが登場すると、パっと光が増して、花が咲いたように舞台が明るくなります。相手役や小道具などに積極的にかかわって行って、次々と舞台に旋風を巻き起こしてらっしゃいました。
 辻萬長さん演じる叔父エウゲーニュシュは、人懐っこい笑顔を浮かべつつ強硬手段に出る、乱暴で困った紳士です。ストーミル役の吉田さんとの取っ組み合いは、対立関係にあるはずなのに、あまりに息が合っていて微笑ましいほど。そういえばお2人は『ムサシ』初演で共演されていますよね。
 家族の中で一番の俗物であろう祖母エウゲーニャ役は片桐はいりさん。あけっぴろげな欲深さが愛らしくて、何をしても目を引きつける存在感です。血のつながった家族なのに、異世界からの予想されていなかった来訪者のような、奇妙な恐ろしさも感じさせてくれました。
 がさつで教養のない下男エーデック役の橋本さとしさんは、ユーモアたっぷりで、時おり大胆に見せる茶目っ気がたまりません。分厚い胸板と太い腕っぷしで既にセクシーなのに、食卓でお皿やカラトリーを丁寧にサーブしながら、エレオノーラに小さくウィンクしっちゃったり!もぉ~色男!!

 アルトゥルの母エレオノーラ役の秋山菜津子さんと、アルトゥルと結婚するアラ役の奥村佳恵さんとの2人きりの場面は、年齢の離れた女同士の本音トークに聴き入りました。たとえばこんなセリフがあります。
 アラ「そんなにまで夢中になれないな、あたし」
 エレオノーラ「若すぎるからよ。本物の単純素朴さがもつゆたかさを発見する目ができてないのよ」
 秋山さんといえばスレンダーなナイスバディーでいつも悩殺してくださる、超色っぽい大人の演技派女優。今回もその魅力に変わりはありません。じっと柱の前に立ち尽くす姿に、母であり女である根源的な強さが見えました。
 奥村さんは座組みの最年少。『音楽劇 ガラスの仮面』(⇒稽古場レポート)の姫川亜弓役に続き、大きな舞台での大役です。若さならではのまっすぐな憤りを無理なく表出させ、勝気だけどナイーブなアラを堂々と演じられていました。他のベテランの方々に全く引けを取らないのが凄いです。

【森山未來さん 写真:(c)渞忠之】
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 立ち稽古が始まって2時間半ぐらい経ったところで、とうとう主役アルトゥルの出番です。森山未來さんは登場するなり場の空気を一変させました。声、体、心がズレることなく一体となって燃えているよう。動く体がひとつの固い塊となって直球で飛んでくるような、強烈な、生き物でした。長いセリフを長いと感じさせない説得力と勢いがあり、空気をわしづかみにして、会話をぐんぐんとリードしていきます。感情の高揚と落胆を激しく行き来し、何度も物語の方向をひっくり返しながら、衝撃の結末へとまっしぐらに暴走。節操無く豹変するさまは、恐ろしさだけでなく、愚かさ、可愛いらしさも感じとらせてくれました。

 同じ場面を繰り返しても、誰も同じセリフを同じ体勢では決して言いません。当然といえば当然ですよね、相手役の演技が変われば自分もおのずと変わらざるを得ないのですから。気持ちのやりとりが変化するだけでなく、座ったり寝転んだり走り込んだり、机をたたいたり、小道具やイスを大胆に使ったり、見ている者がハっと驚くような行動を、誰もが積極的に起こしていきます。
 そして空間内の人物の位置取りもすごく美しかったんです。だんごのように固まったり、見栄えの良くない隙間が空いていたりすることがありません。誰もが演技をしながら全体を見回して、自分が居るにふさわしい場所に移動しているんですよね。稽古が終わった最後のフィードバックの時に、吉田さんが「位置を決めずにここまでできるなんて、みんな見事だよ」とおっしゃっていました。百戦錬磨の吉田さんがそうおっしゃるんですから、やはりプロの中でもハイレベルなのではないでしょうか。

 演技およびフィードバックの時間以外には5分間の休憩が2回、10分間の休憩が3回、40分間の夕食休憩が1回ありました。休憩の回数が多いのか少ないのか、長いのか短いのか、一般的にどうなのかはわかりませんが、とにかく濃縮された時間でした。今までに稽古場レポートは20回以上書かせていただいていますが、一番、疲れました・・・ただ見ているだけなのに(汗)。同じ場面をところどころ止めながら何度も繰り返す中に、一度たりとも同じ時間がなかったからじゃないかと思います。

 そんなハードなお稽古について、戯曲『タンゴ』の魅力について、稽古終了後に演出の長塚さんにたっぷり語っていただきました。⇒後編・長塚圭史インタビュー

≪東京、大阪≫
出演:森山未來、奥村佳恵、吉田鋼太郎、秋山菜津子、片桐はいり、辻萬長、橋本さとし
作:S.ムロジェック 翻訳:米川和夫/工藤幸雄 演出:長塚圭史 主催:Bunkamura
一般発売2010/8/21(土) 特設S¥9,000 S¥9,000 A¥7,000 コクーンシート¥5,000 (税込)
〈特設S席に関して〉舞台に近い前方のエリアを通し番号で販売します。お席は当日劇場にてご確認ください。連番でご購入なさってもお席が離れる場合がございます。椅子が通常の形状と異なります。
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/shosai_10_tango.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 19:46 | TrackBack

【お知らせ】「黒田育世ロングインタビュー&ルーツ」を書かせていただきました!

 BATIK主宰、振付家、ダンサーの黒田育世さんのインタビュー記事を書かせていただきました。
 厳選シアター情報誌チョイス!のChoice!WEBに前編が掲載されています。よかったらお読みいただけたら幸いです。後編は12月1日に掲載予定です。

 ⇒Choice!WEB「黒田育世ロングインタビュー&ルーツ

 フリーペーパーChoice!にも短いバージョンが掲載されていますので、お手にとってご覧いただけたらと思います。
 舞台公演に折り込まれているチラシの束を包む帯になっている冊子↓です。劇場や映画館にも配布されています。⇒配布場所
Choice_16.JPG

 表紙を開いたところにインタビューが載ってます↓
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Posted by shinobu at 17:03 | TrackBack