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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2011年06月17日

世田谷パブリックシアター『モリー・スウィーニー』06/10-19シアタートラム

 世田谷パブリックシアターの企画です。DULL-COLORED POPの谷賢一さんが、アイルランドの劇作家ブライアン・フリールさんの1994年初演戯曲を翻訳・演出。南果歩さん、小林顕作さん、相島一之さんの3人芝居です。初日を拝見しました。上演時間は約2時間半(途中休憩1回を含む)。

 ちょっとかしこまった、えらそうな表現になりますが、首都圏演劇界における今年上半期のストレート・プレイの収穫と言っていいのではないでしょうか。昨年5月に同劇場で上演されたリーディング公演『熱帯樹』を経た、公共劇場による新進演劇人の発掘・育成の面でも、素晴らしい成果だと思います。

 谷賢一さんは現在29歳。この作品で今までとは違うステージへと進まれたと思います。谷作品は多数拝見してきましたが、私の中で谷さんの今後に対する期待のハードルはグンと上がりました。

 ⇒げきぴあ『モリー・スウィーニー』(谷賢一)※このエントリーがいいです。
 ⇒wonderland『モリー・スウィーニー』劇評(徳永京子)
 ⇒CoRich舞台芸術!『モリー・スウィーニー
 レビューを書いては消し、書いては消し、しております・・・(2011/06/17)。
 自分でもあきれるほど長い感想をアップしました(2011/06/22)。

 ≪あらすじ≫
 モリー(南果歩)は生後10ヶ月で盲目になった40歳の女性。夫のフランク(小林顕作)は熱しやすく冷めやすいタイプで職を転々としているが、2人は愛し合い幸せな生活を送っている。
 彼らが暮らす田舎町に名眼科医がやってきたと聞き、フランクはモリーの目を治してほしいと彼の自宅まで押しかけた。医師のライス(相島一之)は生まれた時からの全盲ではないモリーには、光を取り戻せる可能性があると診断。かつての名誉を取り戻したい思いもあり、モリーに手術を勧める。
 ≪ここまで≫

 独白で進む2時間半の三人芝居、しかも翻訳劇だと聞くと、「むむ、それは大事(おおごと)だな」と気構えて当然だと思います。でもこの作品では人物が観客に語りかけ、アドリブであおったりもしますし(笑)、1人が話している時に他の2人も同時に舞台に居て、セリフの内容と積極的に関わることが多いのです。だからずっと独白で進むという印象はありません。むしろ独白芝居ってことを忘れるぐらい。

 登場人物はそれぞれとても個性的で似たところがなさそうな3人。それは南果歩さん、相島一之さん、小林顕作さんという俳優についても当てはまります。演技の種類が違うのもありますし、おそらく舞台上でもなるべくご自身らしく存在するようにされているのではないでしょうか。遠い異国の盲目の女性のお話が身近になり、自分自身のこととして受け取りやすくなっています。小林さんがアグレッシブに観客を巻き込んでいくのも、大いに効果的だったと思います(笑)。

 舞台美術と照明、音響のコンビネーションが素晴らしいです。さりげなくうごめきだして、じわじわとボルテージを上げていく、抑制の利いた隅々まで行き届いた技。俳優とスタッフの息を合わせたオペレーションにライブ感もあります。音楽の音の大きさも邪魔にならないけれど存在感があり、選曲が無難にならず、かといって悪目立ちしないのもいいですね。緻密で上品です。

 最後の数分間(10分ぐらい?)の演出は、作品の核心をついた上に、観客が劇場で邂逅する「目には見えないけど確かに存在する何か」を肌で実感させることにも成功していました。許可した劇場と俳優所属事務所の英断にも感謝です。谷さんらしい、何にも似ていない『モリー・スウィーニー』が完成したのだと思います。ブラボー!

 劇中に出てくる言葉「盲視」とは、今も昔も、誰もが陥る症状です。私自身も思い当たることが多すぎて、悔しいやら情けないやら。
 何かを選択することは、すなわちその他の何かを失うこと。でも人生は、得たものと失ったものの差し引きで計れるものではありません。3人の激動の数ヶ月が教えてくれました。

 ここからネタバレします。セリフは正確ではありません。ひどい思い込みで誤読しまくりかもしれません。

 モリーが手術を受けたのが10月で、夫と医師が町から出て行くのが7月(だったかな)なので、1年も満たない期間のお話なんですね。以下、物語に沿って感想を書きます

 モリーは盲目ですがマッサージ師として生計を立てており、夫が無職でも生活ができていました。仲良しの友達も大勢いて、視覚を嗅覚、触覚、聴覚などで補うことができており、まさに「すべてを持っていた」。充分に幸せだったのです。
 舞台奥を覆うビニール製(?)の半透明(灰色)の幕の裏から手動で照明が当てられ、細い光が次々と交差します。わずかな光だけ感知できるモリーの世界にぴったりですね。
 モリーはプールで泳ぐのが大好き。水色のゆらめく照明と南さんの恍惚の表情を見て、私の体も自ずと揺れました。盲目の彼女の方が、目の見える人よりも水の感触を深く味わい、楽しんでいるのが伝わりました。

 夫と医師の期待に応えたいという気持ちがエンジンになり、本当は怖いのだけれど、モリーは目の手術を受ける決心をします。ただ、自分も皆のように目が見える世界に行ってみたいという欲望も、胸の奥に確かにありました。手術にいたるまでの彼女の心情の変化や周囲の反応などが、とても細やかに書かれていて、この段階でいい戯曲だなと思いました。

 術後はじめて包帯をはずすシーンが凄かった!激しく揺れ動くモリーの心情をあらわす独白と、医師のモリーへの語りかけが同時進行します。照明が半透明の幕を白く明るく照らし、舞台はそれまでにはなかった、華々しい光に包まれます。やがてその幕がバサっと床に落ちて、舞台奥のガランとした黒い空間が露出しました。モリーの目が見えるようになり、障害物が消えたのですね。でも現れた空間は真っ暗で、お世辞にもきれいとは言えず、これからへの不安を暗示していました。

 休憩後、夫フランク役の小林顕作さんが客席後方から登場し、観客によどみなく語りかけつつ(笑)二幕が始まります。それにしても一幕のフランクのレクチャーは面白かったな~。ホワイトボードを出したり、医師の家を「奥多摩!(みたいな田舎)」と言っちゃったり(笑)。「翻訳劇なのにどうよ!?」と思う方もいらっしゃると思います。でもパっとイメージできてわかりやすいことはとても大切です。

 視力を得たモリーと夫との初対面には、医師も付き添っていました。3人が独白でなく、ともに会話をするのは確かこの場面だけ。つまりこの場面が、3人が同時に最高の幸せを味わった、最初で最後の瞬間だったのです。あぁ素晴らしい戯曲だ・・・。

 目が見えるようになったら、モリーは新しく人生をやり直すことになります。今まで手や鼻で感知していた全てのもの・ことを、視覚で得た情報とひもづける必要があるからです。彼女に大きな困難が立ちはだかることを、夫も医師もわかっていました。それでも夫は好奇心から、医師は名誉欲から、モリーに手術を勧めました。副作用をかえりみずに強力な薬を飲む(飲ませる)行為に似ています。抗がん剤治療を思い浮かべました。
 医師の口から出た「何か失うものでもあるんですか?」という言葉には、健常者の傲慢さも垣間見えます。

 32歳の時が人生の絶頂だったという医師ライス。美人の妻を友人に盗られて以来、2人の子供とも別居してド田舎で1人暮らしです。挫折と絶望に打ちひしがれていた彼は、「40年間盲目だった女性(モリー)の視力回復」という快挙で、再びスターダムへとのし上がろうとします。
 しかしモリーは目が見えたことで精神が不安定になり、異常行動を起こすようになって、ついには盲視になってしまいました。盲視とは、網膜は機能しているが、それを脳が感知しない症状。目に見えていても、頭ではわかっていないということです。すなわちライスのことでもあるんですね。
 モリーの母は精神を病んで亡くなっており、彼女もまた母親がいた病院に入院することになります。モリーの母親のこと(遺伝の可能性等)を考えていなかったのも、医師の落ち度ですよね。彼の目は見えていなかったも同然です。

 夫フランクはモリーの看護に彼なりのベストを尽くしますが、彼女の奇行は手に負えるものではありませんでした。思いつきや新しいアイデアにすぐに飛びつくフランクは、ある理由(長くなるので省略)で湖のほとりに生息するアナグマを無理やり安全な場所に移動させようとします。でもアナグマは嫌がって暴れまわり、フランクたちにぼろぼろにされた元の巣穴に戻るのです。手術を受けさせたけれど、モリーが前より状態の良くない暗闇に戻ってしまったのと同じです。押し付けの善意は恐ろしい。そして人はどんなにこっぴどい失敗をしても、なかなか学ばない、変化できないことをあらわしています。
 ライスは医院を閉めて街を去り、フランクは妻を失って国外へ旅立ちました。事故や自然災害などが起きなくても、こんな短期間で、これほどまでに人生は変わります。

 盲視になって入院したモリーは、いつこと切れるかわからないほど衰弱し、ベッドに横たわっています(南さんがそのように独白します)。モリーは見舞いに来た医師に対して「起きて挨拶せずに悪かったな」と思い、エチオピアに行った夫から27枚(?)にもおよぶ手紙を受け取って喜びます。病床の母や法律家だった父とも会います。でも両親はすでに亡くなっていますから、会ったというのは夢でしょう。となると、医師のことも夫のことも嘘かもしれません。すべてはモリーの想像ですから、誰にも真偽はわかりません。

 最後の場面の演出は出色です。南さんが、病床のモリーの心中をささやきながら、完全暗転の中、客席通路をぐるりと歩くのです!暗闇で、舞台から徐々に近づいてきて、背後に回り、やがて遠ざかっていく南さんの声・・・サラウンドだよ!しかも南さんは、観客に触れて歩いたそうです!(体験した人からの伝聞) 夢と現実の境がなくなったモリーの暗闇を、観客も同時に体験しました。目が見えないおかげで観客はより注意深く耳を澄ませ、普段より肌も敏感になっていたと思います。

 視力を得たことで幸せな人生が崩壊し、ついには死にまで至らしめられたモリー。それだけならとても不幸ですが、話をしてる南さんの声はとっても幸せそうなんです。モリーはひとときでも目で見ることができた。色を愛でて、人の顔を見て会話をすることができた。世界の新しい側面を手に入れられた。それが彼女の最期の夢に影響を及ぼさなかったわけがありません。夢の中の夫と医師、友人たちには表情があったでしょう。もしかしたら両親のそれも想像力で作り出していたかもしれません。3人が一番幸せだったあの日も、無駄ではなかったはず。また映画「パンズ・ラビリンス」(⇒関連レビュー)を思い出しました。

 暗闇で私はモリーと一体となり、彼女の言葉も、この物語も、劇場さえも全て幻なのではないか、私の体も何もかもが溶けて混ざって、時間も距離も消え去ったのではないか。そんな現実には存在しない(とされている)時間を味わいました。
 やがて舞台に戻った南さんを照明がじわりと照らし、舞台中央に点るように、モリーの姿が再び見えるようになります。そこで私は思い出すように物語の中に一瞬だけ復帰しましたが、またすぐに暗転し、モリーは闇に消えました。濃密で豊かな暗闇の中のたった1度の光の点滅は、モリーの人生であり、すべての人間の命の瞬きでもあったようにも思います。

 ・・・と、これだけ激賞しましたが、役者さんの演技について1つ。南さんの語尾の発声が気にかかりました。セリフの最後で息を吸う準備が見えてしまうというか・・・。そういうクセなのかしら。

Brian Friel's "Molly Sweeney" (1993) http://en.wikipedia.org/wiki/Brian_Friel
出演:南果歩 小林顕作 相島一之
脚本:ブライアン・フリール 演出:谷賢一 美術:尼川ゆら 照明:斎藤茂男 衣裳:前田文子 音響:小笠原康雅 演出助手:鈴木章友 舞台監督:森下紀彦 技術監督:熊谷明人 プロダクションマネージャー:勝康隆 舞台監督助手:原口佳子 神永結花 照明操作:横原由祐 佐藤瑛美 音響操作:阿部史彦 衣裳部:中野かおる 衣裳製作:鵜澤厚子 プロダクションマネージャー助手:木村光晴 大道具製作:株式会社村上舞台機構 株式会社テルミック 有限会社美術工房拓人 株式会社東広 水森利明(SePT舞台美術) ヴァイオリン演奏:北村真紀子 ヴァイオリン音楽協力:山本泰照 宣伝美術:SUN-AD 法務アドバイザー:福井健策 上演権コーディネート:ネイラー・ハラインターナショナル プロデューサー:穂坂知恵子 制作:菅原力 制作進行:北澤芙未子 票券:小野塚央 菅谷舞 広報:宮村恵子 和久井彩 武井美津代 営業:鶴岡知恵子 吉兼恵利 主催:公益財団法人せたがや文化財団 企画・制作: 世田谷パブリックシアター 協賛:トヨタ自動車株式会社/Bloomberg  協力: 東京急行電鉄/東急ホテルズ/渋谷エクセルホテル東急 後援:世田谷区/アイルランド大使館 平成23年度優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業
【休演日】6/14(火)【発売日】2011/04/16 全席指定 一般 5,000円 ★=プレビュー4,000円(各種割引はございません) 高校生以下2,500円(世田谷パブリックシアターチケットセンターのみ取扱い、年齢確認できるものを要提示) U24 2,500円(世田谷パブリックシアターチケットセンターにて要事前登録、登録時年齢確認できるもの要提示、オンラインのみ取扱い、枚数限定) 友の会会員割引 4,500円 世田谷区民割引 4,700円 ※未就学児童はご入場いただけません。開演後は本来のお席にご案内できない場合がございます。ご了承ください。
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2011/06/post_229.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2011年06月17日 15:31 | TrackBack (0)