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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2011年06月24日

新国立劇場演劇『雨』06/09-29新国立劇場中劇場

 井上ひさしさんの名作戯曲と名高い『雨』を、栗山民也さんが初演出されます。井上さんが42歳の時の戯曲だそうです。上演時間は約3時間半(休憩1回を含む)だったかと。
 
 はああ~…凄かった…。お祭りでサスペンスで社会派でお色気も堂々の、歴史もの娯楽大作!(席によるかもしれませんが)あの中劇場をだだっ広く感じさせない美術の大パノラマ!出演者は若手からベテランまで達者な方ばかり、しかも大人数で贅沢!日本産のいいお芝居を観た満腹感がありました。

 劇場ロビーには紅花がいっぱい!栗山さんは『おもひでぽろぽろ』に続いてまた紅花だったんですね。花の種やラスクを配ったり、山形県のキャンペーンは太っ腹♪

 ⇒CoRich舞台芸術!『
 レビューをアップしました(2011/07/06)。

≪あらすじ≫ 公式サイトより
 江戸の町、両国橋。古釘やら煙管の雁首などを拾って歩く金物拾いの徳は、ある豪雨の午後、雨宿りに入った橋の下で、新顔の老いた浮浪者から「喜左衛門さまでは・・・・・・?」と声をかけられた。そんな名前は知らぬと無視を決め込む徳に、勝手に話しかけては勝手に懐かしがるこの老人。
 喜左衛門とは、平畠一の器量よし、「紅屋」の娘おたかのもとへ二年前に婿入りした男なのだが、その喜左衛門と自分がまるで生き写し、しかもその男、去年の秋から行方不明になっている。平畠とは紅花で台所を保っている北国の小藩で、「紅屋」とはその平畠で一番の大店のこと。
 そりゃ人違いだ、俺はこの橋の下に赤ん坊の時分に捨てられて、物心ついた時にはもう屑拾いだった、と老人に取り合おうとはしない徳だったが、話を聞くうち、徳の脳裏に一つの思案が浮かぶ。
 「どうにかしておたかという女を一目見ることはできねぇか」
 北へ北へと咲きのぼって行く桜の花を追ううちに、とうとう奥州平畠までやって来た徳。しかし、たとえ姿かたちが生き写しの瓜ふたつでも、徳は喜左衛門の事をなにひとつ知らない。その上、江戸から宇都宮、宇都宮から白河、白河から福島、米沢、平畠と北上するうち、言葉(方言)の様子が変わってきたことに戸惑いを隠せない徳。こんな方言では話せない、これでは他人になりすますことなど出来やしない、やっぱり明日の朝には江戸に戻ろう、と諦めかけた丁度その時、徳は村人に見つけられる。
 「紅屋の旦那様(さ)ァ・・・・・・」「喜左衛門様(さ)ァ!」
 その声を聞き、徳はいまやはっきりと紅屋喜左衛門を演じようと決意し、記憶を失ったふりをしてゆっくりと村人の輪に入っていく・・・・・・。
 ≪ここまで≫

 一幕では徳が東北にのぼり、まんまと大金持ちの美女の夫に成りすます様を、明るくリズミカルに描きます。後半は犯罪サスペンスへと雰囲気が一転。徳は次々と罪を犯し変貌していき、残酷なさだめを自ら引き寄せてしまいます。
 ストーリーの面白さをわかりやすく伝え、見世物としての楽しさをダイナミックかつスリリングに作り上げ、行間に込められた人間の業、社会の姿をあぶり出します。日本の政治や社会構造への批判も堂々と示しながら、それでも大衆向けの娯楽作である事が素晴らしいです。商業演劇のプロの技に圧倒され続けた3時間半でした。

 役者さんは皆さん達者で、最初の河原者が集まる場面から感心しきりでした。どこでどのようにセリフを話すか、誰とどう動いて、交流するかなどが決まっている(振付されている)中で、生き生き、晴れ晴れとその役を生きています。特に歌って踊る場面が凄かったですね。祭りの楽しさに力強いライブ感があり、大人数の群舞は暴力の象徴にも見えました。
 主役の亀治郎さんはやはり素敵。歌舞伎俳優は清濁併せ持つ人物を演じるのがお手の物のようですね。

 井上戯曲ではよくあることなのですが、あっけらかんとしたあらわな性描写に最初は戸惑います。私が生きる現代と江戸時代では常識が違いますから(井上さんが描いた江戸はフィクションですから、実際のことはわかりませんが)、違う世界の話として例外視するのは簡単なのですが、そんな風にはおさめられませんでした。今回の『雨』を観て、「秘すれば花とはいえ男女間の睦言を過剰に隠すのもどうだろうか」と思ったんです。人間の営みとしてあけっぴろげにする方が健康的だし面白いかも!とか(笑)。私にとってはちょっとした成長かもしれません。たぶん舞台上の役者さんたちがかっこ良くて、楽しそうだったからですね。

 ここからネタバレします。

 回り舞台が見事!階段や勾配の配置が無数の表情を作ります。常設の大きな壁がないので透け感があり、風通しが良くて客席からの死角が少ないんですよね。徳が芸者(梅沢昌代)を追う場面の緊迫感にはシビれたな~。
 中央に刺さっているのは巨大な釘です。徳の生涯を語るのに欠かせない重要アイテムですよね。釘が軸になって回るうちに、柱が重なって漢字の「雨」の字になるのにうなります。私には全体が大きな歯車にも見えました。あらゆる人間が、自分から動かしたのに止めらない歯車に乗っているような。

 徳が本物の喜左衛門を毒殺しようとする場面では、亀治郎さんがすだれの奥にいる喜左衛門と外にいる徳の2役を演じます。すだれの裏を通って入れ替わっていたのが、徐々にすだれの表側に立ったまま両方のセリフを言うようになり、2人が1人になっていきます。とうとう徳が喜左衛門に成り代わる、つまり自分を失うことが示されるんですね。

 本当の自分を知っている人間を2人殺し、成りかわろうと思っていた喜左衛門本人も殺し(後に死んでないと判明)、合計3人もの殺人を犯した徳。でも実は彼はハメられたのだ・・・!というんでん返しがやってきます。
 紅屋は平畠藩の財政の8割を担う紅花問屋。紅屋主人の喜左衛門が、藩と村人たちを守るためについた嘘が幕府にばれたため、藩も紅屋も危機的状況にありました。そこで藩主らは喜左衛門の身代わりを見つけて、その者に責任を取らせようと考えたのです。妻のおたかもグルになり、親類縁者のない物乞い同然のそっくりさん・徳をつかまえて喜左衛門にしたてあげました。

 この筋書きを説明していくお白砂の場面は、観客が「わかっているのに驚く」「わかっているのに笑ってしまう」「わかっているのに怖くなる」という、俳優の演技の見せどころ。舞台中央には何をやっても(言っても)墓穴を掘ることになる徳と、彼をじわじわと追い詰める藩主たちがいます。奥の黒幕が上がると、一面の紅花畑が広がりました。遠くには村人たちのシルエットも多数。
 徳はとうとう、切腹と見せかけて刺殺されてしまいます。彼は藩主らだけでなく村人たちの犠牲にもなったのです。美しい紅花畑とそれを糧に生きる大勢の人々のために、1人の男が殺された。苦々しい思いがこみ上げます。

 さらには客席後方から幕府のお役人がやってきたとの知らせが入ります。でもお役人の姿は見えません。平畠藩の面々が深々と土下座をするので、客席の方にいることはわかります。そもそも藩を追い詰めたのは幕府ですから、幕府が徳を殺したとも言えます。幕府と同じ側にいて、高みの見物をしている私たち(観客)もまた、どこかの誰かを殺している加害者かもしれません。

出演:市川亀治郎・永作博美・梅沢昌代・たかお鷹・花王おさむ・山本龍二・石田圭祐・武岡淳一・酒向 芳・山西惇・植本潤・金成均 永田耕一 脇田茂 市川澤五郎 築出静夫 岡本敏明 篠原正志 中條郁司郎 桜木信介 北川響 西村壮悟 長本批呂士(長元洋あらため) 趙栄昊 片山万由美 土屋美穂子 つかもと景子 加茂美穂子 川西佑佳 深谷美歩 吉田妙子 青木花 斉藤麻里絵 仙崎貴子 演奏:山田貴之
脚本:井上ひさし 演出:栗山民也 音楽:甲斐正人美術:松井るみ 照明:勝柴次朗 音響:山本浩一 衣裳:前田文子 ヘアメイク:鎌田直樹 振付:田井中智子 方言指導:萩生田千津子 歌唱指導:満田恵子 三味線指導:杵屋勝芳寿 演出助手:豊田めぐみ 舞台監督:三上司
【休演日】6/15,22【発売日】2011/04/17 S席7,350円 A席5,250円 B席3,150円
http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000328_play.html


※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2011年06月24日 00:21 | TrackBack (0)