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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2012年08月02日

神奈川芸術劇場・KAAT『暗いところからやってくる』07/26-08/05神奈川芸術劇場・中スタジオ

 イキウメの前川知大さんが脚本を手掛け、小川絵梨子さんが演出する、夏休みの子供と大人のためのお芝居。すっごく面白かった!!子供たちの笑顔と元気な声、そして怖がってお母様にギュっとくっつく時の声も間近に聴きながら、大人の私も大笑いして、ぞわ~っと恐怖も味わい、大切なものをもらいました。 

 前川さんと小川さんのコンビはイキウメ前回公演に続いて2度目ですが、今回はより成熟して、完成度も高かったように思います。子供向けですが、大人向けでもある作品です。どうぞお見逃しなく!上演時間は約1時間10分。

 ⇒公演公式ツイッター(主人公の輝夫君がつぶやきます)
 ⇒前川知大ブログ 鈍ラ・エクスペリエンス「暗いところからやってくる
 ⇒朝日新聞(神奈川「子どもも夢中の出来
 ⇒ヨコハマ経済新聞『神奈川芸術劇場で親子でたのしめる「キッズ・プログラム」』※プレビュー写真あり
 ⇒舞台写真
 ⇒日経新聞劇評『「暗いところからやってくる」 大人も楽しめる現代の怪談』(内田洋一)
 ⇒CoRich舞台芸術!『暗いところからやってくる

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。改行を一部変更。
 祖母が住んでいた家に住むことになった。
 引っ越したその日から、僕はどことなく薄暗いこの家が怖かった。
 母に頼んで、部屋の電気を明るいものに変えてもらったけど、
 部屋のすみっこや、ちょっとした影に、何かがいるような気がしてならない。
 どうやら やっぱり…
 僕の隣りに何かがいる
 ≪ここまで≫

 あらすじはこちらのツイートが詳しいです。少しネタバレあり⇒

 舞台美術は入口から客席を含め、大人より背の低い子供たちが物語にスムーズに入れるように、心づくしの工夫が凝らされています。シンプルそうに見えて、実は手品のような仕掛けがちゃんと仕込まれているのも心憎い!

 田舎の広い日本家屋に引っ越してきた母、姉、弟・輝夫(主人公)と、「暗いところ」の住人が登場します。いわゆる「目には見えないが存在する何か」を信じるか信じないか、夢見る力があるかないか、という子供向けの物語らしいテーマだけでなく、親子間のコミュニケーションや老人介護といった現代の問題も描かれます。そして、これは私の個人的な考えですが、失敗することが怖くてなかなか行動に移せないことや、小さな失敗経験のせいで心を閉ざしてしまうことについて、「大丈夫。みんな許してくれるよ。再出発できるよ」というメッセージを送ってくれているように感じました。

 主人公の輝夫を演じた大窪人衛さんは、いつもながら自然な存在感で、演技も素晴らしかった!そこ(ステージ&劇中)に居ることに説明的にならないことが、人を引き込む力になっていると思います。

 約2カ月もの間、劇場に滞在して創作されたそうです。なんという贅沢!公共ホールが創作・発信する親子向けの舞台として、こんなにハイクオリティーな新作をつくってくださったことを、ありがたく思います。

 ここからネタバレします。セリフ等は正確ではありません。

 舞台三方を客席が囲み、一番前の席の床と舞台は同じ高さで地続き感があります。役者さんが子供たちのすぐそばまで近づく演技が多数あり、その度に子供たちが喜んだり怖がったり、反応がとてもいいんです。客席以外の一方は白いカーテンで覆われており、裏表両方から影があらわれたり、風に持ちあげられて動いたり、プロジェクターの映像が映されたり、大活躍。他にも水中で光が点滅する水槽、勝手に鴨居から落ちるハンガー、「暗いところの住人」が入るダンボール箱など、驚かせたり怖がらせたりする仕掛けがいっぱい。なかでも、誰も乗っていないのに動く車いすが…怖いっ!

 最初に輝夫とその家族の会話場面があり、次に暗いところの住人たちを登場させて、同じ会話場面を繰り返します。暗いところの住人の新人(浜田信也)のドジっぷりと、それに右往左往する先輩(盛隆二)、そして彼らの姿が見えない家族たちのコンビネーションが爆笑を生んでいきます。私も何度も笑わせていただきました。
 輝夫の環境や家族関係だけでなく、「暗いところ」の上下関係や出世コースなどを具体的に描いているのもまた面白いです。両方の世界に人間らしい感情と生活感のリアリティーがあるから、観客はどちらが良いか悪いか、正しいか誤りかという単純な思考に陥らないのです。また、どちらが現実でどちらが虚構なのかの区別をつけづらい余白も与えています。

 輝夫が新しい家で物音や気配に敏感になっていた(暗いところの住人を感じ取れた)のは、彼が子供の心を持っているからだけではありませんでした。彼は亡くなった祖母に対して恐怖心を抱いていたのです。理由は、おつかいの時にもらったお金のお釣りを、本当は返していなかったから。母と姉は「認知症のせいで祖母は何度も輝夫に催促をしている」と思っていましたが、輝夫は当然、自分が「お釣りは返した」と何度も嘘をついてきたことを自覚しています。その罪の意識が彼を疑心暗鬼にさせて、「暗いところの住人」という幻影を見せたのかもしれない、今まで舞台上で起こったこと全てが、輝夫の妄想の産物だったかもしれない(輝夫は精神を病んでるのかもしれない)…というところまで、観客に想像させる演出になっていました。どんな夢もなかったことにするような、白々とステージを照らす残酷な照明がとても良かったです。

 私も一瞬、そんな“夢落ち”になってしまうのか…と考えて、とても悲しい気持ちになったのですが、そうはならず。後から、輝夫と会話をしてきた暗いところの住人の新人が登場してくれて、ホっとしました(笑)。輝夫はお釣りを返さなかったことを母と姉に告白し、2人に許されます。また、暗いところの住人の新人は、上司(岩本幸子)に「出世の可能性はないわけではない」と言われ、将来の夢をまた見られるようになります。「彼(輝夫)の子供の母親と仲良くなれればいい」という上司のアドバイスが、遠い未来を想像させてくれました。観客の子供たちに、失敗をしても許されること、時間は今だけじゃなく未来もあることを教えてくれたのだと思います。大人としては、これからも長く一緒に生きて行こうという、余裕を持った気持ちで、子供たちと接していきたいと思います。 

KAATキッズ・プログラム2012 こどもとおとなのためのお芝居・神奈川芸術劇場で親子でたのしめる「キッズ・プログラム」
出演:伊勢佳世(お姉ちゃん) 大窪人衛(僕・輝夫) 岩本幸子(暗いところの監督) 浜田信也(暗いところの後輩) 盛隆二(暗いところの先輩) 木下三枝子(お母さん)
脚本:前川知大 演出:小川絵梨子 舞台監督/谷澤拓巳 美術/土岐研一 照明/原田保 音楽/かみむら周平 音響/徳久礼子(KAAT神奈川芸術劇場) 衣装/今村あずさ ヘアメイク/西川直子 演出助手/大澤遊 演出部/津江健太、渡邊亜沙子 プロダクションマネージャー/安田武司(KAAT神奈川芸術劇場) 広報/久田絢子(KAAT神奈川芸術劇場) 宣伝美術/末吉亮 宣伝イラストレーション/安達亨+板倉俊介(AC部) 制作/坂田厚子、林弥生、石井宏美(KAAT神奈川芸術劇場) プロデューサー/中島隆裕(イキウメ/エッチビイ)、崎山敦彦(KAAT神奈川芸術劇場) 後援/神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会、tvk(テレビ神奈川) 企画・制作/KAAT神奈川芸術劇場、イキウメ/エッチビイ 主催/KAAT神奈川芸術劇場(指定管理者:公益財団法人神奈川芸術文化財団)
【発売日】2012/05/27
(全席自由)◎こども 1,500円(高校生含む)◎おとな 3,000円 ◎おやこチケット 4,000円
<こども1枚(高校生含む)、おとな1枚> ◎シルバー割引 2,500円 ※シルバー割引は、チケットかながわ(電話窓口)のみの取扱
http://www.kaat.jp/pf/kuraitokorokara.html
http://www.kaat.jp/pf/kids2012.html

※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2012年08月02日 22:22 | TrackBack (0)