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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2004年03月15日

新国立劇場演劇『こんにちは、母さん』03/10-31新国立劇場 小劇場

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 2001年の初演で読売演劇大賞・最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀男優賞など数々の賞を総なめした作品です。
 客席全体で笑い声と鼻をすする音が鳴り止まない、奇跡の大傑作です。

 舞台は東京の下町の古い一軒家とそのご近所。男(平田満)は40代中半になってサラリーマン生活にくたびれ、数年ぶりに実家に訪れると、70代の母(加藤治子)の生活は様変わりしていた。外国人に住居を紹介するボランティア、公民館で源氏物語の勉強、そして彼氏まで出来ていた・・・。

 オープニングの巧妙さにまずうなります。かすかに車のエンジン音など街の騒音が流れ出し、突然ビートルズの“I wanna hold your hand”が舞台の方から語りかけるように流れて来ました。それがほぼフルコーラス。非常に長い間聴かされてから、最初の登場人物(息子役の平田満)が中央に配置された勝手口から出てきます。この曲が長くかかるのは、後から大切なエピソードとして出てくることと、もう一つはビートルズの全盛期を観客に思い出してもらうためだと思います。
 音楽を味わうというよりは、ビートルズの音楽を通じてその時代の空気が押し寄せてきました。物語の中で語られる60年代の日本にも、物語が進行する現在のこの一軒家にも、ビートルズの音楽はどこかアンマッチで、強烈な印象を残しました。可笑しくも悲しいことだらけの日本の下町の日常に、スコーンと明るい洋楽のヒット曲が流れるのはすごく切ないのです。ビートルズがこんなに痛く苦しいなんて驚きでした。劇中の“イエローサブマリン”のインストゥルメンタルが流れた時は涙が搾り出されてきました。

 登場するのはリストラされたサラリーマン、夫と不仲で離婚しそうな妻、独身一人暮らしの壮年の女、息子が出て行ってしまった煎餅店の女将、祖父を日本軍に殺された中国人留学生、など。今どきの言葉で言うと決して「勝ち組」ではない人々のそれぞれの深い悲しみが本当の共感を呼びます。

 初演と同じところで最も胸が締め付けられて涙で顔がくちゃくちゃになりました。最も泣けるセリフは初演と同じでした。母の恋人(西本裕行)のセリフです。
「焦がれるような羨望を込めて、私の体から出ているのに、あなたには伝わらない」

 言っても伝わらないかもしれない。でも、言わなければ絶対に伝わらない。こんな当たり前のことを一番身近な家族にさえもできていなかった私たち。
 知らなかった、ということで済ませてきた。もし知りたかったなら、わかりたかったなら聞けばよかったのに。聞かなかったということは、知りたくなかったということ。
 永井愛さんの脚本の一言一言が、観ている者の胸に痛いほど伝わってきます。誰もが心の中で思っていることを代弁してくれて、それをたしなめて、許してくれるからです。

 そして最後は花火です。体中が震えました。舞台上の人物たちだけでなく、私の命も祝福してくれたんです。こうやってレビューを書きながらも涙が溢れてきます。

 役者さんは皆さん素晴らしく、登場人物そのままの人格なのだろうと思えるほど役が板についていて、完全に心が吸い込まれていきました。シリアスな状況を深刻なだけでなく泣き笑いにしてくれるのも、演出はもちろんですが、役者さんの技があるからこそでしょう。

 母(加藤治子)の恋人役の西本裕行さんは初演の杉浦さんよりも柔らかくて、すっかり隠居しているおじいさんでした。杉浦さんの方が大学教授らしかったですが、私は西本裕行さんの方がしっくり来ましたし、泣けました。

 この再演に、私は大切な人を2人誘って観に行きました。新国立劇場演劇はレパートリーシステムですからこんな大傑作は再々演が必ずあると思います。どうぞ皆さんも自分の一番身近な、大切な人と一緒に観に行ってください。

 ※「こんにちは、母さん」の舞台装置が石川県中島町で保存(週刊StagePower)

作・演出 :永井愛
出演:加藤治子 平田満 西本裕行 大西多摩恵 田岡美也子 橘ユキコ 酒向芳 小山萌子
美術 :大田創 照明 :中川隆一 音響 :市来邦比古 衣裳 :竹原典子 ヘアメイク :林裕子 演出助手 :吉村悟 舞台監督 :澁谷壽久
舞台写真:http://www.nntt.jac.go.jp/frecord/play/2003%7E2004/kaasan/kaasan.html
新国立劇場内:http://www.nntt.jac.go.jp/season/s225/s225.html

Posted by shinobu at 2004年03月15日 21:58 | TrackBack (0)