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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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2005年11月08日

チェルフィッチュ『目的地』11/03-15こまばアゴラ劇場

 今、演劇界で一番の話題だと言っても過言ではない、チェルフィッチュの待望の新作。やっと今日、行けました。朝日新聞、読売新聞、シアターガイド、ぴあ、流行通信、STUDIO VOICEなどの雑誌に作・演出の岡田利規さんのインタビューおよび公演情報が掲載され、その切抜きが劇場に貼られていました。そしてNHK「芸術劇場」から大きなお花が。圧巻ですね~。

 またもや大感動。自分のツボだったシーンで涙ボロボロ。優しく、厳しい視線、そして強い主張を含む、今だからこそ生まれた、今観るべき演劇です。
 メルマガ号外を出そうかどうか迷ったのですが、好き嫌いが強く分かれる可能性が高いと思い、踏みとどまりしました。でもぜひぜひ沢山の人に観たもらいたいです。いつかNHKで放送されるでしょうけど、ぜひ生(ライブ)で、こまばアゴラ劇場で。
 チケットは若干枚数残っているようです。どうぞお早めにお問い合わせください。
 →こまばアゴラ劇場 03-3467-2743

 ※チェルフィッチュの過去作品のレビュー→2003年『コンビニ』、2004年『三月の5日間』『クーラー』『労苦の終わり』、2005年『ポスト*労苦の終わり

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 上演時間は1時間40分とアナウンスされました。その100分の間に盛り込まれた内容の多いこと!何もないと言っても過言でないステージに静かに溢れる、見たことがあるようで実はありえない動きと若者言葉の洪水の中に、演出手法もメッセージも“現代演劇のデパート”って言えるぐらい盛りだくさんです。

 今回あらためて思ったのは「チェルフィッチュってかっこいい!」ってこと。脚本はもちろんですが、美術、照明、音楽や役者さんの佇まいにしてもセンスが超素敵。オリジナリティに満ちたクールでコミカルな空間です。演劇雑誌だけでなくファッション雑誌に取り上げられるのも大納得。

 繰り返される身体表現については、以前までは窮屈に感じたり飽きたりしたのですが、今回は不確定なリズムに乗ったダンスのように見えて、あるきっかけで振付が発展していくことも楽しめました。止まらずに進むダンスから、ほんのり香るような、人間の体温を感じられるような空気が漂いました。

 チェルフィッチュの特徴とされる上述の動きと若者言葉について、今回あらためて感じたことがあります。
 こっけいな動きの繰り返しには、自分の気持ちを心の中央からそらす作用があると思います。そうやって日本の若者は、相手を傷つけないようにするのと同時に、社会から自分を守っているのだと捉えました。「~~とか思うんですけどって感じで・・・」と、自分の考えや感じたことをオブラートに包み、少し濁しながらおずおずと主張するのは、若者の優しさだと思います。(ク・ナウカの演出家・宮城聰さんの『ク・ナウカで、夢幻能な、オセロー』パンフレットに書かれた文章を思い出しました。いつか書けたら追記します。)

 そのような現代の日本人に対する愛だけでなく、今の日本の若者に対して、国家に対して、資本主義社会に対して、岡田さんの批判を含む主張が堂々と発信されていることにも感動です。これがNHKで放送されるなんて快挙なんじゃないでしょうか。

 ここからネタバレします。

 ほぼ正方形のステージの隣り合った2面に客席があります。それぞれの客席の正面に、文字映像が映される正方形の白いパネルが備え付けられています。文字映像(テロップ?)の使われ方は一様のようで、実は同じ種類の演出ではありません。文字映像が一人の俳優として機能するもの、結果として舞台上で起こっていることの補足説明になるもの、舞台上の会話と関係ない情報を表示して、舞台と字幕の2方向から多重の意味を発信するもの、など。

 文字映像用パネルの裏側に仕込まれた蛍光灯の白い色がきれい。役者がエレベーターで出はけするのも、ドアの内側からの光が漏れるので面白いです。パネルの文字の上に重なる緑やピンクの四角いラインの照明もかっこ良かった。

 とても身近でリアルな日常の出来事を題材にしていますので、観客は「これは自分のことだ」と思いながら観ることができます。同時に、横浜の具体的な地名や店名を出しながら、横浜に暮らす人の日常や細やかな感情の動きを描いていますので、観客は“自分ではない誰か”のリアルに触れたように感じ、世界中にいる他人の存在を認識してつながることができます。また、人間の日常が描かれる場に猫(=動物)も同時に存在させることで、舞台は日本から地球へと広がっていました。

 役者さんはこの『目的地』という作品の不可欠な要素として存在しています。出演者とか役者とかではなく。みなさん、とっても魅力的。チェルフィッチュ常連の方が多いようですが、当然ですよね。これをやれる役者さんは少ないと思います。


 《あらすじ覚書》※シーン順はうろ覚え。セリフは雰囲気だけ踏襲して創作。→以下が私の感想。

 舞台は港北ニュータウン。冒頭に文字映像ですっごく細かい説明あり(人口とか)。

 ●客席は明るいまま、女(松村翔子)が歩いて登場。「これから『目的地』をはじめます」。「妊娠しちゃったかも」と悩む女(松村翔子)。彼氏の名はイス君。目の前にあるイスに話しかける。いかにも不良っぽい男(瀧川英次)が現れ、乳首をひっかく動作をしながらイスにすわり、イス君になる。しかしいつの間にか彼は猫になり、次に出てきた男(山縣太一)がイス君になる。

 ●猫になった男(瀧川英次)。イスにツメを立てて、引っかく動作。飼い主の女(松村翔子)に向かって「妊娠って、そんなこと俺に言われてもさ、自業自得だよ」と助言。猫は舞台隅のダンボール紙の上に座る。そこに緑色の照明が当たる。
 →“彼は猫なんですよ~っ”って、まるで舞台に宇宙人とか幽霊が出てきた時の対処のような演出。これには爆笑しちゃいました。

 ●イス君(山縣太一)が結婚している先輩(下西啓正)の家を訪ねる。「これ(妊娠)って責任とらなきゃってこと?ねえ、先輩、どう思います?」。先輩が長々と、でもあいまいに返事。「あ、結局それは責任トレってことスね」。
 この間、文字映像はある夫婦が道端で捨て猫を見つけた時の話。おのずと舞台に居るカップル(下西啓正&岩本えり)のことだと想像したら、案の定そうでした。
 →「結婚前に彼女が妊娠したら」という、今となってはありふれた風景から、現代の若者の子供、家族についての思慮不足を丁寧に描きます。これが後につながります。

 ●イス君(山縣太一)が猫に変身。港北ニュータウンのどこかの駅で毎週末に開かれる、捨てられたペット(犬や猫)の里親を探すイベントの話。「マジちょー可愛いいコ(猫)がいて、俺、隣りの檻だったんスけど、その前に若い夫婦が来て、ああ、あの夫婦は絶対あの娘を飼って行くなって思ってて・・・」。

 ●夫(下西啓正)が「日曜日のイベントで捨てられたペットの里親探しをしていて、あの猫を飼おうと思ったんだけど、妻(岩本えり)の妊娠がわかったからやめた」という話。一度繰り返した後に、夫の視点・思考(ぶっちゃけ猫に興味ない)から妻の視点・思考(猫かわいい)へ。夫が1人で2人分を語る間、妻は中央のイスは座っているだけ。
 →私の大泣きポイントでした。一人の人間が誰かのことを思い浮かべ、その人が何を考えているのかをその人自身になりきるほど全力で想像しているように見えたから。この場合、夫が妻のことを考えているので、夫から妻への愛情だと取れます。でも、妻の思考の中に夫との生活や二人の子供のことも入っているので、妻から夫への愛情も現れます。一人長セリフの中に相思相愛の幸せがありました。

 ●妻(岩本えり)は子供がちゃんと生まれるのか不安。長々とその不安について語るが、夫(下西啓正)はサラリと流して退場。
 →出産についての男と女の差が出てるなぁと思いました。女は産むけど男は産みませんからね。

 ●夫(下西啓正)が、妻(岩本えり)が浮気しているのではないかと妄想する。
 妻(岩本えり)の愛人(山中隆次郎)が「日本は戦争している国だ。そんな場所で子供産むなんて、人殺しを増やすだけ。セックスしたいからして、デキたから産むなんて、勝手過ぎ。無責任っていうんでしょ、それ。」愛人は自転車で妻にぶつかろうとする。
 →このシーンも凄かった。もーボロ泣き。そう、私たちが作った世界を私たちの子供が生きていくことになります。それを実感しなきゃ。そして責任を果たさなきゃ。
 自転車をぶつける演技はほんの一撃だったのですが(その前に助走が1度あり)、地点『三人姉妹』でアンドレイが入っているバスタブに、ナターシャがカートを全力でぶつけまくるのと重なりました。

 ●猫たち(瀧川英次と山縣太一)の会話。「あの子(猫)、可愛いよね~」。ツメを引っかく動作あり。
 →猫が人間のような思考をしていたら・・・というのが面白い上に、世の男子たちが可愛い女子に対して感じるウキウキのときめきを描いていて胸きゅん。役者さんの顔がにやけて輝いています。

 ●猫が一匹増える。増えた猫(難波幸太)が可愛い子猫ちゃんの行方を話す。その猫の隣りの檻にいた猫(山縣太一)「なんでお前が彼女のこと知ってんの?ってマジむかつくんですけど」。
 その間の文字映像=「妻が『私たちが飼わなかった可愛い猫は、親切な老夫婦に飼われた』という想像をする」
 増えた猫(難波幸太)は今までの誰もしなかった、かなり激しい動きをしながら、可愛い子猫にもなりつつ、彼女の近況(妻の想像でしかない)を話す。「優しい老夫婦に飼われて良かった。前に居た若い夫婦だったらどうなっちゃってたか、と思う」。

 ●夫婦は座っている。
 その間の文字映像=みなとみらいの観覧車によく乗った。夜に乗ってずっとキスしてた。でもきっと子供が出来てから行くのはセン南(駅名。南か北かは曖昧)の観覧車だろう。
 →子供ができたとたん、若者の未来の行動範囲が完全に変わることが表されています。子供がいない内はファミリー向けのデパートのことになんてまったく無関心なのに、子供ができた途端にそこにしか行かなくなります。「そんな風に、単なる無関心が原因で社会を切断している状態は、好ましくないどころか犯罪じゃないの?」と私達若者に呼びかけているように思いました。

 文字映像=そして、夫婦は今まで足を踏み入れたことのなかったベビー用品売り場へ。大賑わいの売り場には自動横揺れ機能付きのベビーベッド、おむつの匂いが洩れないおむつゴミ箱、肩からかける○○製(忘れました)のだっこ紐など、特に必要じゃないのに多種類・多機能化したベビー用品の山。いらないかもしれないのに買う妊娠時期の便利用品(だき枕など)。そしてめちゃくちゃ知識豊富な販売員。
 →目的・用途に応じて商品が不必要なほど多様化している状況は異常で、それに気づかないで乗っかっている消費者、商品を作っている企業、売っている企業への批判だと受け取りました。 

 ●夫(下西啓正)が会社で、子供ができたことをサラリーマンの友達(トチアキタイヨウ)に幸せそうに話す。対してちょっぴりウザそうな友達。優しげな音楽が流れてほんわか幸せな日常スケッチ。
 友達がファミレスでの出来事を話しだす。「暴れる子供を見て不快だという素振りをしたら、その親に『ファミレスはファミリーって付いてるんだから、子供がいて当然だし、子供がいるからファミレスにしか来られないでしょっ!?』と逆ギレされた。いや、キレてんのは子供にじゃなくてお前にだよ」。
 →子供の悪行は子供のせいではなく、親のせい。自覚しようよ、私たち。
 夫は自分の子供のことを話し続け、友達はファミレスでのことを話し続ける。互いのセリフが重なっていく。
 →一方通行のコミュニケーション(つまり、今よく言われるコミュニケーション不全)。

 その間の文字映像=住民からの強い要望があったのに、東京急行はあざみ野駅に急行と特急が止まるようにしなかった。でも、ワールドカップサッカーが横浜で開催されることが決まった途端、手のひらを返したようにあざみ野駅に特急と急行が止まるようにした。
 →企業は利用者(=住民)よりも経済優先。資本主義社会の害。“考え方の順番が逆”とかではなく、単に間違っていますよね。人に喜ばれることをして、その対価としてお金が入ってくるのが正しいです。金儲けのために人を騙したり、利用したりするのが現代。これでは幸せな世界になどなるはずがありません。

 《あらすじ覚書、ここまで》

出演=松村翔子/瀧川英次/山縣太一/下西啓正/岩本えり/山中隆次郎/難波幸太/トチアキタイヨウ(登場順)
作・演出=岡田利規 舞台監督=藤本志穂 照明=大平智己 宣伝美術=岡本健+ イラスト=阿部伸二 制作=中村茜 制作協力=プリコグ 企画制作=チェルフィッチュ/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場 協力=P.E.C.T./乞局/七里ガ浜オールスターズ 主催=(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
前売2,800円 当日3,200円 学生2,000円
チェルフィッチュ=http://www.chelfitsch.net
劇場内=http://www.komaba-agora.com/line_up/2005_11/chelfitsch.html

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Posted by shinobu at 2005年11月08日 01:03 | TrackBack (6)