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Shinobu's theatre review
しのぶの演劇レビュー
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REVIEW

2009年06月15日

ホリプロ『炎の人 ゴッホ小伝』06/12-28天王洲 銀河劇場

 重厚な三好十郎戯曲(過去レビュー⇒)を栗山民也さんが演出。天才画家ゴッホ(Wikipedia)の半生を市村正親さんが演じます。上演時間は約3時間20分(途中15分の休憩を含む)。

 「いいお芝居を観た!」というずっしりとした充足感・・・♪ 心に刺さるセリフを役者さんが全身で伝えてくださいました。美術と照明は具象と抽象のバランスが芸術的。総合芸術としてのストレート・プレイを堪能できました。分厚い観劇体験ができると思います。オススメです。

 ロビーで戯曲本が販売されていたので購入しました。ありがたいです。三好十郎さんの言葉をもう一度、かみしめたい。

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 ⇒ゴッホの生涯(絵がいっぱい!)
 ⇒CoRich舞台芸術!『炎の人

 ゴッホの生涯は有名ですし、あらすじがわかってから観にいっても問題ないと思います。

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより。(役者名)を追加。
 ベルギーの炭坑町で宣教師を志したヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(市村正親)だが、並はずれた献身ゆえに解雇され、放浪の果てに生きる道を絵画に求める。
 オランダの首都ハーグに移り住んだヴィンセントは弟テオ(今井朋彦)からの僅かな送金を頼りに修行を始め、やがて酒場で知り合った哀れな貧しいモデル、シィヌ(荻野目慶子)と同棲する。世間の嘲笑を浴びながら身重のシーンをモデルに売れない画を描き暮らすヴィンセントに画業の師でもある従兄のモーヴ(原康義)は絶縁を告げ、シィヌもまた去っていく。悲嘆に暮れるヴィンセントの心を慰め、力づけてくれるのは弟のテオだけだった。
 孤独なヴィンセントは花の都パリに向かう。若い印象派の画家たちの色彩の新鮮さに刺激され、タンギー(大鷹明良)の店で、ロートレック(さとうこうじ)やシニャック(原康義)、ベルナール(斉藤直樹)やゴーガン(ゴーギャン:益岡徹)らと画論をたたかわせる。ゴーガンの才能はヴィンセントにとって憧れであると同時に憎しみすら覚えるものであった。ただひとり独自の技法と世界を追い求め、憑かれたように絵を描きつづけるうちに、肉体と神経はみるみるすり減っていくゴッホ。
 パリの喧騒を逃れヴィンセントは、アルルの明るい陽光の中、ついに待ち望んだゴーガンとの共同生活が始まる。美しい田園風景と妖精のような踊り子ラシェル(荻野目慶子)のやさしさに癒されるヴィンセント。テオのために、と変わらない飢えの中で描き続けるヴィンセント。彼の真の才能を理解していたのはゴーガンだけだったが、強烈な二つの個性は激しくぶつかり合うことになる。そして、ヴィンセントに狂気の発作が起こる・・・・。
 ≪ここまで≫

 ステージは木製(に見える)の巨大な額縁にぐるりと囲まれ、中央の装置は回り舞台になっています。重々しい空気に支配された教会から、貧しいアトリエ兼住居に変わり、そして大きな窓と水色の壁がきれいに映える画材屋にも変身。お盆が回るだけの単純なものではなく、次々とハっと驚く景色を見せてくれます。

 舞台上に絵(に順ずるもの)を出して、その絵にまつわるエピソードも展開されるので、とてもわかりやすくて面白いです。私はもともとゴッホが好きなのもあって、彼が描いた肖像画の人物が出てきただけで涙ぐんでしまうことも。もちろん、こんなにどっぷり感情移入できたのは、役者さんがあってこそです。過去にまぎれもなく存在したであろう魂を、今そこによみがえらせるような、生々しい実感とごつごつとした実体をともなった演技を見せてくださいました。

 ゴッホを初めロートレック、スーラ、ゴーガンら当時の絵描きたちが本音でぶつかり合う、タンギイ(大鷹明良)の画材屋のシーンは、密度が濃くて熱い上にユーモアも挟み込まれて、リズムも軽やか。青春そのものでした。三好さんが芸術に捧げる思い、命の賛美はもとより、人生や人間に対する大きな疑問や悩み、問いかけも、登場人物それぞれの姿や動作、発言に表れているように感じました。

 ゴッホ「(中略)色彩は大事だ。しかし一番大事なものは色彩じゃない、やっぱりデッサンだ。いや、デッサンと言うと、やっぱり違う。技法としてのデッサンは、無い。実体のことだ。描こうとする物の、当の実在のことだ。リアリティのことだ。そこに物が在るという事なんだ。」(戯曲本より引用)

 ゴッホを演じる市村正親さんの無骨さが、痛々しくて愛らしくて。矛盾を抱え込み、両極端に引き裂かれてしまう心が目に見えるよう。
 数役を見事に演じ分ける役者さんの技に感服。口ばかり達者で階級主義の宣教師、ゴッホの才能を見抜いた男、画材屋タンギイの3役を演じた大鷹明良さん。同じく、ゴッホに祈祷を依頼する腰の曲がった老女、“何でも”売る雑貨屋の女主人、画材屋タンギイの妻の3役を演じた銀粉蝶さんなど。

 ここからネタバレします。

 2幕が始まって最初のシーンでは、アルルの風景とゴッホとゴーガンが暮した黄色い家の絵が、大きな額縁いっぱいに映写されました。絵に合わせて、その頃のゴッホの心境(テオへの手紙)を読む市村さんの声の録音が流れます。録音には少々驚きましたが(いきなり大胆な演出ですよね)、巨大なゴッホの絵をバックに、ゴッホ自身の声が聞こえてくるようで、またその言葉の切実さもたまらなくて、涙がほろほろと流れました。実はこの音声による演出は、後に出てくる“ゴッホの心の声”の伏線でもあったんですね。

 映像用の幕が上がると、今度は舞台奥にゴッホの絵とそっくりにアルルの風景が描かれた幕が登場しました。床にはゴッホ(市村正親)がつっぷして倒れています。そこに郵便配達夫ジョゼフ・ルーラン(中嶋しゅう)が、肖像画そっくりの衣裳で登場しました。絵の中のアルルに飛び込んだみたい!

 ゴッホとゴーガンの部屋へと場面転換すると、そこは安らぎと不安、幸せと不幸が拮抗する濃密過ぎる密室。明るい商売女ラシェル(荻野目慶子)への思いや、絵が売れないことに悩んでいるゴッホは、ゴーガンに当たったり甘えたり。
 ゴーガンが酔ったゴッホを2階の自室(?)に運んだ後、ゴーガンが1人で下手のベッドで眠っている無言シーンがあまりに悲しくて美しかったため、私はゴッホが次に登場するまでにかなり長い時間が経ったものと勘違いしてしまいました(朝になったか、数日間経ったように思っていました。実際は数十分から2~3時間だと思います)。なので、その後のゴッホとゴーガンのやりとりに戸惑ってしまい、2人の身を切るような言い争いにあまり入っていけず。自業自得とはいえ、これは残念でした。

 耳を切り落としてしまったゴッホは、自らの狂気にさいなまれて精神病院への入退院を繰り返すようになります。闘病生活やピストル自殺などの具体的な描写はなく、真っ白で縦に細長い教会のような空間で、ゴッホが包帯をした自画像を描いている姿が、それこそ絵画のように舞台中央にありました。
 そこで物語はプツっと途切れるように終わり、郵便配達夫の格好をした中嶋しゅうさんが、三好十郎さんの言葉(詩)を語り始めます。それはゴッホへの熱烈なラブレターで、ありったけの賞賛の拍手の花束。非常に唐突で、大胆というよりは劇世界を逸脱(放棄?)した展開で、最初はついていけなかったです。でも、中嶋さんがしっかりと三好さんの言葉を届けてくださったので、すぐに頭の切り替えができました。なんとまっすぐで、なんと熱い、言葉。緻密に芝居を書き上げた末に、そこから完全にはみ出してしまったみたい。ここで戯曲本購入を決めました。

 「ヴィンセントよ、
  貧しい貧しい心のヴィンセントよ、
  今ここに、あなたが来たい来たいと言っていた日本で
  同じように貧しい心を持った日本人が
  あなたに、ささやかな花束をささげる。
  飛んで来て、取れ。」(戯曲本より引用)

≪東京、新潟、愛知、大阪≫
出演:市村正親、益岡徹、荻野目慶子、原康義、さとうこうじ、渚あき、斉藤直樹、荒木健太朗(StudioLife)、野口俊丞、保可南、中嶋しゅう、大鷹明良、今井朋彦、銀粉蝶
脚本:三好十郎 演出:栗山民也 美術:堀尾幸男 照明:勝柴次郎 音響:井上正弘 衣裳:前田文子 ヘアメイク:鎌田直樹 演出助手:豊田めぐみ 舞台監督:加藤高 主催:ホリプロ/天王洲 銀河劇場 企画制作:ホリプロ 
【発売日】2009/03/07 S席9000円 A席7500円 ※未就学児童入場不可
http://www.horipro.co.jp/ticket/kouen.cgi?Detail=125

※クレジットはわかる範囲で載せています。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 2009年06月15日 11:39 | TrackBack (0)