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2011年12月11日

スペースクラフト・エンタテインメント『成河1人パフォーマンス』12/04青山~渋谷~駒場

 演劇ぶっく&演劇キック主催「第2回東日本大震災チャリティオークション」にて落札された『成河(ソンハ)1人パフォーマンス』を拝見して参りました・・・!

 成河さんの所属事務所がある青山から渋谷、駒場へと散策しながら、成河さんの即興演技および朗読を鑑賞するツアー。ご本人とスタッフの方々を含め合計8名でのお散歩となりました。⇒参加者の感想ツイートまとめ ⇒私の感想ツイート
 ↓お散歩中の写真
20111204_songha1.JPG

 まずは13時に事務所会議室に集合して歓談。成河さんはユーモアとサービス精神にあふれ、パっと周囲を明るくする開かれた姿勢で、参加者と1対1で対等に会話をしてくださいました。なんと参加者自己紹介も含めて約1時間半という長時間でした。

 お買い物が苦手とおっしゃる成河さんのコンビニ迷子のエピソードには仰天(笑)。目的に向かって集中して直進するお人柄がよく表れていました。ギターの弦をどこに買いに行ったかというお話から、お父様の勧めでクラシックギターを長くお稽古されていた経歴も披露。ソロ・パフォーマンスで使用したイトミミズ入りバランスボールのお話は、示唆に富み非常に刺激的でした。コントラバス奏者の齋藤徹さんらと出演された、superdeluxeでの即興公演の裏話は、成河さんの俳優人生に大きな影響を与えたようです。特に「俳優が即興をすること」については、私もちょうど気になっていたところだったので興味深く拝聴しました。
 参加者が大の舞台好きばかりだったこともあり、劇場で入手するチラシやパンフレットの保存方法など、ファンならではのコアな話題にも花が咲きました(笑)。「大きな決断」というお題についての暴露話はここでは触れません(ウフフ)。

 じっくり話をして全員の距離感が気持ちいいバランスに縮まってから、散歩開始。青山から渋谷へテクテクと歩き出し、大勢のお客さんでにぎわう国連大学前のFarmer's Marketに寄り道しました。成河さんはオーガニックコットンのお店でしばし立ち寄り。お肌がデリケートなんですね。
 渋谷のスクランブル交差点を経て文化村方面の坂を登り、成河さんが大学時代の演劇仲間とよく集まったパスタ屋さんを確認。昔ほどではないとはいえ、今も激安価格でした。Bunkamuraの正面を通って松涛方面へ抜けて、鍋島松濤公園へ。子供たちとお母様方が遊ぶ静かな池のある公園では紅葉も見られました。

 山手通りの方から東京大学駒場Ⅰキャンパスに入りました。いわゆる裏門からですね。構内は成河さんにとって懐かしい風景ばかり・・・のはずでしたが、かつての劇団綺畸の部室だった小屋「バク」があった場所には新しいガラス張りのビルが建っており、小屋は消えていました。平台を運ぶ頑丈な台車「ポチ」は、陸上部などが利用中のグラウンドの脇で、朽ちていました。

 「ポチ」の近くで、成河さんが学生時代に励んでいた身体訓練(肉体訓練)の『T(ティー)』を披露してくださいました。私も東大内の劇団にいた経験があり(成河さんより何年も前にですが)、一緒に『樽枝(タルエダ)』をやらせていただきました!障害物を避けながら走る(動きをする)訓練です。全力で走るマイムをして、「樽!」と言われたら前方から転がってきた(空想の)樽を飛び越える!「枝!」と言われたら上半身に降りかかってきた(空想の)木の枝をよける(しゃがむ)!成河さんと並んで『樽枝』をやった観客は私だけだろうてっ!ウッシッシ!!(←ドヤ顔で) しかし、俊敏な成河さんと比べて私がどれほど不恰好だったかと想像すると・・・恥ずかし過ぎる・・・(汗)。優しく見守ってくださった皆様、ありがとうございました。お目汚し失礼いたしました。

20111204_songha4.JPG
東大のイチョウ並木。右下に『レ・ミゼラブル』の看板↑


 構内にある劇場、駒場小空間では東大ESSによる『レ・ミゼラブル』が上演中でした。ちょうど客出しのタイミングで、きちんと本物らしい衣裳を着た俳優さんがぞくぞくと劇場の外に出て来たところ。そこから成河さんが北区つかこへい劇団の入団オーディションで『レ・ミゼラブル』の1場面を演じたという話になり、1分間ほどのパフォーマンスを披露してくださいました。物語の最初の方で、ジャベールに囚人番号で呼ばれたジャン・バルジャンが、「俺はジャン・バルジャン!」と返事をする場面といえばわかるでしょうか。成河さんは歌いながらジャベールとジャン・バルジャンの2役をくるくる演じ分けます。迫力のある声に演技がピタリと乗っていて素晴らしいです。なぜいきなりこんな演技ができちゃうんでしょうか・・・だって入団オーディションって、もう何年も前ですよね。俳優って(成河さんって)やっぱり凄いな~と感心しきり。

 東大を出て駒場東大前駅から線路の向こう側へと移動しました。成河さんが子供のころ、親戚のおじ様に『ミス・サイゴン』に連れて行ってもらったという話になり、駒場野公園へと続くゆるやかな坂道を歩きながら、『ミス・サイゴン』の「命をあげよう」を歌ってくださいました。まっすぐ、どこか(何か)に向かう力が込められた歌声は、薄暗くなってきた公園内の、木々が連なる優しい景色に轟きました。近所にお住まいの方は絶対驚いてるよね・・・とドキドキしつつ(笑)、味わいました。

 坂を登りきったところで、四角いテーブルを囲むベンチに全員で腰掛けました。バーベキューができるスペースもある、小さな丘のような場所です。成河さんはそこで宮沢賢治の絵本「どんぐりと山猫」の朗読をしてくださいました。NHKで放送されたもののフルバージョンです(関連ページ⇒)。人間、動物などの演じ分けが安定していて、声を聞いているだけで穏やかな満足感がありました。外灯の光を頼りにしなければならないほどの暗さでしたが、全て暗記されていたそうで問題なし。さすがです。
 ちょうど物語の終盤で、なんと公園に本物の猫が出現!(出演?) にゃあにゃあと鳴きながら私たちのそばを通ったのです。絵本を読み終えた成河さんはサっと四つん這いになって“猫”になり、通りがかりの猫と見つめ合いました。しばしの間があって猫が去った後、成河さんは立ち上がって(おそらく“猫”のまま)木に登り、「聞こえますか?」と空に向かって叫びました。ここで終幕。「聞こえますか?」は荒野に響くようで、俳優のストイックな探究心と、孤独を感じました。猫出現は奇跡的なサプライズでしたね。参加者に猫好きな方が多かったので、「呼んだ」のかもしれません♪

 朗読の後、まだ17時ぐらいだというのにとっぷりと日が暮れた夜道を歩いて、駒場東大前近くの喫茶店に入りました。コーヒー、紅茶をいただきながら、成河さんが一緒にお仕事をされてきた演出家や俳優、最近観た面白かったお芝居、次の出演作(りんご企画『やぎの一生』、東宝ミュージカル『ハムレット』)などが話題にのぼりました。参加者も演劇やミュージカルに詳しい方ばかりでしたので、内容の濃い歓談になりました。
 私はこの喫茶店までで失礼しましたが、皆さんは渋谷の韓国料理屋さんに行かれたようです。うらやましい!
 ※韓国料理ではなくイタリア料理だったそうです。韓国料理は次の約束だったのかしら♪(2011/12/27加筆)


 【旅を終えて】

 成河さんと事務所のスタッフの皆さまが、東日本大震災のチャリティーとしてこのような企画を立ち上げてくださったことに、心から感謝申し上げます。オークション落札者さん(1名)のご厚意により、落札を試みた全員が招待されました。本当にありがとうございました!

 成河さんとのお散歩は一観客としてとても贅沢で幸福な時間であり、1人の俳優との邂逅でもありました。即興(エチュード)と演技の差とは何なのか、俳優とは一体何を仕事とする職業なのかなど、考えをめぐらせました。即興には「インプロビゼーション」という表現ジャンルがありますし、演劇好きの私は基本的に「即興はお稽古だ」と考えるタイプです。舞台で起こることは脚本通り(予定どおり)だけれども、それをその場で起こっているように見せる、感じさせるのが、俳優の技能だと思います。でも目の前の俳優の動作が即興なのか演技なのかを、観客が厳密に見分けられるかというと・・・非常に難しいですよね。

 ・・・などと考えながらこのレポートを書いていく内に、ハっと気づきました。これは成河さんがつくった「脚本の実演」だったのではないか、と。成河さんは事務所の会議室で参加者に「渋谷にまつわる思い出」を尋ね、街を題材に演劇創作をしている岸井大輔さんのことを話されました(⇒過去レビュー)。歩いている時には、渋谷の地下を流れている水路のこと、2009年の百軒店商店街での演劇フェスティバルのことも話題にされました。※成河さんは柵の上を渡り歩くパフォーマンスをされました(⇒関連動画リンク ⇒公式ブログの写真)。

 私たちは東大で上演中だった『レミゼ』の、ちょうど客出しのタイミングで駒場小空間にたどりつきました。成河さんはその流れで、北区つかこうへい劇団入団オーディションで先輩に「(そんな声じゃ)聞こえねえよ!」と言われたエピソードを披露してから、『レミゼ』の1分間パフォーマンスを実行。それに呼応するように、「命をあげよう」の歌の途中で「聞こえねえよ!」というセリフを挟み、朗読の最後は「聞こえますか?」で終幕しました。これは・・・間違いないですね・・・この日のために成河さんはどれほど計画を練って、どれだけの時間をかけてお稽古されたのでしょうか・・・!
 
 私は成河さんと他の参加者の皆さんと一緒に渋谷を歩き、昔の渋谷を思い出しながら、今の渋谷を味わいました。そうやって私にとっての渋谷は更新されました。今度渋谷を歩く時は、きっとこの特別な一日を思い出し、幸せを再体験するでしょう。私1人だけの渋谷ではなくなったことも大きいですね。
 あと、ごく個人的なことですが、私は大学時代のトラウマがなくなっていたことを確認できました。人間の忘却力ばんざい!(笑) もうこれからは東大、駒場といえば“成河”です!

 ⇒web dorama de songha「あとがきにかえて


※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 16:50 | TrackBack

社団法人日本劇団協議会『ポルノグラフィ』12/08-13恵比寿・エコー劇場

 英国留学から帰国された文学座の上村聡史さんが、英国の劇作家サイモン・スティーヴンスさんの戯曲(⇒過去レビュー)を演出。このコンビにもキャストにも惹かれたので初日を拝見しました。“日本の演劇人を育てるプロジェクト 在外研修の成果公演”です。上演時間は約1時間50分。

 ハプニング(予測不可能なこと)を常に起こし続ける演出で、飽きることなく観続けられました。上村さんの演出作品は正統派会話劇しか観たことがなかったので(過去レビュー⇒)、このような大胆な挑戦に少々驚きつつも、個人的には大歓迎。また上村さんの演出作品を観たいと思いました。⇒参考になると思われる感想ツイート

 ※開演前にあらすじを読んでからご覧になると良いと思います。

 ⇒CoRich舞台芸術!『ポルノグラフィ

 ≪あらすじ≫ 公式サイトより
 2005年7月7日・・・
 イギリス・ロンドンで起こった地下鉄・バス連続爆破テロ事件。
 56名の人生を一瞬にして奪い、世界中を震撼させた。
 死亡した人に中には4名の実行犯も含まれていた。
 舞台は事件の前、数日間のそれぞれのドラマである。
 近親相姦にふける姉弟、報告書の作成に追われるキャリアウーマン、
 女性教師にしつこくつきまとう男子生徒、教え子を部屋に連れ込んだ
 大学教授、孤独を愛する老婦人、そして爆破事件の実行犯・・・。
 消えた命の向こうには何があったのか。それぞれのドラマを通して
 見てくるロンドン同時爆破事件とは何だったのか。
 地下鉄ホームの黄色いラインで隔てられるかのような生と死と、
 行き場を失った現代人の孤独を描く、サイモン・スティーヴンスの意欲作。
 ≪あらすじ≫ 

 黒い空間に銀色の金属が光る、シャープでスタイリッシュな美術。舞台中央を上下に横切る、ひざ上ぐらいの高さの通路のような台は、可動式です。独白や2人だけの会話劇などのミニマムなやりとりと平行して、予測不可能な要素に富んだ演出が同時進行します。現代美術のインスタレーションのようだと思いました。これは役者さん、ハードだ・・・。

 ただ、演技についてはいわゆる翻訳劇の堅さから解放されておらず、独白や会話には引き込まれませんでした。なので私は、セリフの意味自体や物語、そして周囲で起こること(演出)に、より集中して観察する方向へと意識をシフトさせました。セリフを話さない役者さんが舞台上で行う、数々の、ハプニングを起こしていく演出が面白かったです。

 ここからネタバレします。

 水と白い紙を使用していました。柔らかいペットボトルに入った水を役者さんが遠慮なく舞台上にぶちまけ、やがて床全体を静かに水が覆います。そこにコピー用紙がばらまかれ、一部は紙飛行機だったり紙吹雪だったり。スプリンクラーは大々的だったな~。紙をつないで作る長いリース(幼稚園や小学校で輪っかをつなげてよく作ります)が、水で溶けて切れてしまうのも良かった。

 帰宅難民になった80代女性のエピソードは今年の3月11日の私たちと同じだと感じました。でも、自爆テロによる無差別殺人と、この度の東日本大震災および原発事故とは、全く違う種類の犠牲だなと考えたりもしました。今の時期だと、どうしても比較する視点になってしまいますね・・・。

日本の演劇人を育てるプロジェクト 在外研修の成果公演
出演:大崎由利子、大家仁志(青年座/平成18年度派遣)、鍛治直人(文学座/平成21年度派遣)、小嶋尚樹、
照井健仁、那須佐代子(青年座)、町田マリー(ゴーチ・ブラザーズ)、森尾舞(俳優座/平成17年度派遣)
脚本:サイモン・スティーヴンス 翻訳:広田敦郎 演出:上村聡史(文学座/平成21年度イギリス派遣) 音楽:吉田さとる、美術:長田佳代子(平成21年度派遣)、照明:藤田隆広(平成18年度派遣)、音響:栗原亜衣(文学座)、衣裳:半田悦子(平成12年度派遣)、舞台監督:岩戸堅一(アートシーン)、プロデューサー:吉田健二(イッツフォーリーズ)、制作:社団法人日本劇団協議会 松村久美子
【発売日】2011/09/08 一般=4,000円 学生=3,000円(日本劇団協議会・オールスタッフのみ取扱)
http://gekidankyo.blog59.fc2.com/blog-entry-24.html


※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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Posted by shinobu at 15:34 | TrackBack

さいたまゴールド・シアター『ルート99』12/06-20彩の国さいたま芸術劇場小ホール

 さいたまゴールド・シアターは団員数42名、平均年齢72歳の大人気劇団です。彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督である蜷川幸雄さんが演出を手がけ、毎回有名劇作家が新作を書き下ろします。第5回公演となる今回は、第1回公演に続いて岩松了さんが新作を提供。過去レビュー⇒

 戯曲が掲載された悲劇喜劇2012年1月号をロビーで購入しました。読み直して何度も落涙・・・演劇には、見えないものの中にある時間があって、それが目に見えるもの(世界)を変えていくのだと、信じられました。たぶん私にとって2011年のNo.1新作戯曲になると思います。

 初日の上演時間は約3時間30分強(途中休憩15分を含む)。

 ⇒CoRich舞台芸術!『ルート99

 ≪あらすじ≫
 舞台は日本本土から離れたある島の中の、異国の基地内にある民家。島の巫女ミラとその弟子姉妹が暮らしており、島民の集会場にもなっている。今は本土から招聘された劇団ゴールド・シアターの稽古場としても解放中だ。
 島の銘菓「島まんじゅう」が、基地に隣接する国道99号線にばら巻かれる事件が起こった。まんじゅうを運ぶトラックの運転手が逮捕されたが、真相は分からない。
 ≪ここまで≫

 ここから少々ネタバレします。読んでから観に行っても問題ないかと思います。

 10日間だけ許された基地内の写真撮影に訪れたカメラマンたち、基地に反対する島民、基地で働く人々、本土から来た劇団員、演劇公演に関わる公務員、そして土地を奪われた地主など、さまざまな視点から沖縄の米軍基地問題を描きます。具体的な地名などは出てきませんが、舞台が沖縄であることは明らかです。

 先日の『官能教育「犬」』で、人と人は「わかりあう」ことはできない、だからこそ豊かなのだと骨身に沁みるように体験したばかりなのもあって、この『ルート99』というお芝居の構成の複雑さ、存在の曖昧な登場人物などが、とんでもなく魅力的でした。登場人物の年齢が役者さんの実年齢と合っているわけはないので、老人が若い人物を演じているギャップがあり、演劇的に常に多層であり続けます。放りっぱなしにされる謎、空いたままの穴が、その意味通りの欠落でもあり、実はすべての答えでもあるように感じました。
 対して、さいたまゴールドシアターの役者さんにはそういった余白(余裕)がなく、全身全霊で演技をされています。時におぼつかなくなるセリフ、必死さが透けて見える動作は、その人自身として存在している証拠でもあり、“かけがえのない、他の誰でもない人間たち”が舞台に居ました。

 すべてを包括できる深淵な虚構が、嘘のない生々しい身体でいびつに立体化され、さらには全体がメタ演劇としてパッケージングされます(劇中でゴールドシアターが上演するお芝居のタイトルが『ルート99』になるのです)。演劇だからできる表象によって、理不尽で不可解で、悲しくていとおしくてたまらない現実世界が立ちあげられ、私はその世界(実生活)を全身で浴びて、“ずぶぬれる”ことができたように思います。

 初日ということもあり、前半はうまくいかず手間取っていることがわかるシーンもありましたが、後半はずっと集中して観られました。大いに衝撃を受けつつ。出演者の皆様にはどうか怪我や病気などなく、千秋楽までこの大作を演じきっていただきたいです。

 ミラ役の重本惠津子さんは今作でもさすがのカリスマ性。島民・益田役の益田ひろ子さんは、たとえば巫女姉妹の姉(深谷美歩)と2人で話す場面などで、セリフを聞かせる魅力も説得力もあり、素晴らしかったです。
 ヨシユキ役の川口覚さんと深谷美歩さんはさいたまネクスト・シアターのメンバーです。お2人は来年2月の新作『2012年・蒼白の少年少女たちによる「ハムレット」』で、ハムレットとオフィーリアに抜擢されています。

 ここからネタバレします。セリフは戯曲よりランダムに引用。

 Coccoさんの楽曲「裸体」が流れるのは戯曲のト書きに書かれています。※Coccoさんは普天間基地の辺野古への移設に反対しているアーティストです。

大丈夫であるように-Cocco 終らない旅- [DVD]
Victor Entertainment,Inc.(V)(D) (2009-11-18)
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 無理矢理土地を奪われた軍用地主の霊たちが、留め袖と袴姿で登場します。沖縄の人なのになぜ日本の礼服を着ているのかを想像するだけでも、胸が苦しくなります。白髪に袴形の男性が、杖をついてセリフを言いながら客席の階段を降りてくるのを見て、ぞっと鳥肌が立ちました。また、ゴールド・シアターのお芝居で死者が生き生きと現れたから。彼らはすべての人間であり、近い未来の私だと思いました。

 男M(軍用地主):私たちの生活に。
 軍用地主全員:ずぶぬれたくて!

 巫女姉妹の姉の鼻血が白いシーツについて、その血が丸く広がって日章旗になり、さらに血のしずくがどんどん垂れていって、赤い丸が溶け出してしまいます。日本の歴史は多くの人々の血の上に成り立っていて、その血は今も流され続けています。岩松さんのお芝居ではいつも血が流れる、と何かで読みました(たぶんパンフレットとか)。傷つけられること、侵されること・・・犠牲の象徴のよう。また、鼻血なので子供や若者への放射能汚染の影響も想像せずにはいられませんでした。

 終盤には劇中に登場する劇団によるお芝居(ゲネプロ)が披露されます。まさか『忠臣蔵』で「島まんじゅうバラまき事件」をあらわすとは!しかも歌舞伎!!留め袖同様、ゴールドシアターの皆さんは本当に着物姿がさまになります。劇中劇で浅野内匠頭が吉良上野介を斬れなかったのは「むやみに真面目」だったから。以下、カメラマンの島民中野(中野富吉)のセリフより一部抜粋。

 男C(島民中野):(ヨシユキは)そう、真面目に仕事していた!そこに何があるんです!?われわれ島民は真面目に生きてきた。その果てがこのざまなんですよ!真面目って言葉が、いかにわれわれの前進をさまたげてきたかを考えてもごらんなさい!真面目では何も解決しない!

 男C(島民中野):……宗教ですよ、一種の……呪文のようなものです。「真面目」「真面目」それ以上のものでもなにもない……ただ、それをくり返してれば、入りこもうとする他人を排除することが出来る……どうせ言ってもわからないだろうって気持ちでね。

 巫女姉妹の姉の恋人で、ヨシユキの逮捕と同時に姿を消した映写技師のタチバナは、とうとう最後まで登場しませんでした。ヨシユキが犯人でないのなら、タチバナがまんじゅうをバラまいたのかもしれない。つまり不在の(目に見えない)人物が、人々に変化をもたらしたんですね。演出家のセリフにあるように、「タチバナ」とは「演劇」なのだと思います。

 ヨシユキ:タチバナとはよく話しましたよ。(略) 人間には、ふたつの時間があるって考え方なんですよ。見えるものからくる時間、見えないものの中にある時間。このふたつ……見えないものが見えるものを変えてゆくって、そんな言い方してたな……つまり、この島がこうあることを変えるために、われわれは見えない時間に生きる必要があるって……(略)

 男K(演出家遠山):見えないものの中にある時間……そこに私は生きようとしているんですよ…(略)タチバナって呼んでみてくれませんか、私のことを。

 女E(益田):私はね、今、ルート99に島まんじゅうをバラまいたのはこの私じゃないのか、そう思ってるくらいよ!

 巫女姉妹の姉は恋人だったタチバナの代わりに、「ヨシユキを好きになる努力をする」ことにします。常に世界には犠牲があり、身代わりがいることを想像。姉のセリフは胸にグサっと刺さるものが多かったです。
 :体を触れ合うことと触れ合わないことは、同じことだと、そうは思えない人たちに教える必要があったのですから。

 :言葉を求めながら、その言葉を聞いた時すぐにでもその言葉は自分を裏切るにちがいないと感じてしまう……ならばそんな言葉など聞かなければよかったと……あなたは、私は、私たちは思ってしまう。(略) でも私はタチバナさんと言葉を交わした……。

 :私は、これから努力するのよ。あなたのことを好きになるように。
 ヨシユキ:……好きになるように?
 :そう、私たちは、これまでにもそんな努力をしてきたから、仮の住まいで満足せよと言われて……好きになるように……好きになるように……!

 ボランティアで劇団の制作をしている姉と偶然再会した公務員の妹のエピソードは、いつまでも人間は芸術をつかむ(わかる)ことができないことを表しているのだと思いました。でも追いかけ続けます。

 以下、劇団の女性スタッフ2人が歌う歌の歌詞(抜粋)。

 抱きしめましょう
 ゆがんでしまったものたちを
 抱きしめましょう
 ゆがんでるねと微笑みながら

第5回公演
出演:【カメラマン】小川喬也 森下竜一 中野富吉 西尾嘉十 葛西弘 北澤雅章 倉澤誠一 【ミラの家】重本惠津子 深谷美歩(さいたまネクスト・シアター) 周本えりか(さいたまネクスト・シアター) 【島民】林田惠子 神尾冨美子 大串三和子 小渕光世 益田ひろ子 竹居正武 【基地内労働者】田内一子 都村敏子 ちの弘子 徳納敬子 たくしまけい 【市役所職員】寺村耀子 田村律子 【劇団ゴールド・シアター】上村正子 加藤素子 滝澤多江 林允子 中村絹江 百元夏繒 遠山陽一 美坂公子 石井菖子 吉久智恵子 【軍用地主】髙橋清 小林博 関根敏博 髙田誠治郎 石川佳代 渡邉杏奴 谷川美枝 佐藤禮子) ヨシユキ:川口覚(さいたまネクスト・シアター)
脚本:岩松了 演出:蜷川幸雄 演出補:井上尊晶 美術:中越司 照明:岩品武顕 衣裳:紅林美帆 音響:金子伸也 振付:佐野あい 劇中劇指導:藤間貴雅 音楽:かみむら周平 演出助手:大河内直子 藤田俊太郎 塩原由香理 舞台監督:山田潤一 特殊小道具:土屋工房(土屋武史) 制作統括:渡辺弘 関根章雄 技術統括:山海隆弘 営業宣伝:近藤一幸 鶴貝典久 小林辰郎 滝澤晶子 票券:松井哲 古出敬子 制作:高木達也 原口さわこ 辻本長 主催・企画・製作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
【休演日】12月8日、12日、16日 【発売日】2011/10/01 3,000円
http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2011/p1206.html


※クレジットはわかる範囲で載せています。順不同。正確な情報は公式サイト等でご確認ください。
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